ドキュメンタリー番組を見た。

ダウン症の娘と母の親子愛をテーマにした番組だ。

泣く母と手紙を読む娘、という感動的な画を見ながら、

今まで同じようなドキュメンタリーを見て、

心のどこかでずっと気になっていた奇妙な共通点を思い出した。

障害者の子を持つ親は、子供への対応がみんな似ている。

障害を持つ人が20代だろうと、30代40代だろうと、

どの親もこの親も、まる我が子が小学生であるかのような接し方する。

まるでやさしい先生かのように、常に笑顔で語りかけるように、

悪く言えば猫なで声で話しかけている。

そして、障害を持つその子供は、本当に小学生のような幼い振る舞いをする。

僕にはそれが、なんというか、敬意が無いように思える。

まったく対等と見なしていない、まさに保護という態度。

もし幼児と同じ知能だとしても、大人の精神を手に入れる可能性はあるはずだ。

あの接し方は、親が無意識に子供の成長の可能性を潰しているように見える。

保護対象としてのみ育てられる子供は、保護対象としてしか育たない。

かわいい子には旅をさせよ。旅が苦手なら、苦手なりの旅を。


…ああ誰かに怒られそうな気がする。

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僕の通っていた小学校の窓からは山が沢山見える。

近江富士と呼ばれる三上山や、他のいろいろな山。

盆地である滋賀県の地形によって周囲は山だらけだ。

教室の窓から、丁度同じくらいの高さのところ、

山の山腹に、ほんの一部だけ切り崩された場所があった。

緑一色の中に茶色いスペースがポツンとある。

僕は常日頃その場所がなんだか気になっていた。

一体どんな景色が見えるのか、何のための場所なのか。

そのことを話すと、同じクラスの多田(仮名)がその場所への行き方を知っているらしい。

非常に興味の湧いた僕は約束を取り付けて休日に会いに行った。

多田の家は近所にあって、場所への入り口もそのすぐ近くだった。

草薮を掻き分けるのをイメージしていた僕の冒険心は、

住宅地に直通していることでしぼんでしまったが

入ってみると、僕にとってとても印象的な場所だった。

工事現場らしく、大きなショベルカーが停められていたのを覚えている。

断崖絶壁から大パノラマの景色が見えた。池や学校や学校が一望だった。

見慣れたはずの景色が、すこし視点が変わるだけで全く別のものに見えたのが印象的だった。

多田が、悲しくなったときや、嬉しいことがあったときに来る場所なんだと教えてくれた。

少し不思議だったが、分かる気がした。

その日は、遊ぶこともなく、そのままサヨナラを言って帰ってしまった。


なんでもない体験だが、何故だか記憶に残っている。

彼はまだあそこに行っているんだろうか。

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隙間から湧き上がるように草。