選挙カーぶっ潰し隊の隊長、少年Kです。

本を読んでいるときも、音楽を聴いているときも、

高校受験のときも、いままで選挙カーを特に気にしたことはなかった。

しかし、映画を見ていた時だ。たしかナウシカだった。

僕はジブリの大ファンである。

素晴らしい久石譲作曲のBGMが流れる中、

クライマックスのシーンその時、

「皆様と同じ△△に住んでいる○○です!いつもお世話になっております!○○です!地元の○○です!どうぞよろしくおねがいいたします!」

うああああああああああああ!

何ふざけてやがる!僕は思わず巻き戻して一時停止し、

選挙カーの声が聞こえなくなったころになって再び再生した。

しかしなんだか興が削がれてしまっていた。楽しみきれない。

あの憎らしい選挙カーめ。僕はそれ以来選挙カーが鼻につくようになった。

あの中身の無い名前の連呼は何だ。

同じ地区に住んでいるから入れろ?政治は郷土愛に縋るものじゃないはずだ。

重要なのは「何であるか」よりも「何をするか」である。

輝く未来の滋賀?まるで宗教の勧誘みたいに抽象的な理想しか語らない。

駅で演説しても誰も聞いてくれないのは分かる。

住宅地で具体的な方針を語るのが無理なのも分かる。

だからって、選挙カーはおかしいだろう。


名前を連呼するのが立派な選挙活動だなんて狂っている。

誰にでも言えることしか言わない。事実他人に言わせている候補も多い。

クルマの助手席に座って手を振るのが指導者になるための活動なのか。

いや、あれはただの騒音を伴う宣伝活動と言える。

やめさせようとすれば選挙妨害。

あんたらは公共の福祉を侵しているとは言えないのか。

名前を叫べば叫ぶほど票が集まるなら、熱心さのみで表の数が変わるなら、

その情熱がもし、個人的な欲望に向いていたとしても当選してしまうではないか。

そして何より狂っている、腐っているのは

選挙カーによって実際に票が伸びるこの現状だ。

僕ならつただけいこには入れんぞ。


おそらく、中途半端な関心で政治に関わってはいけないのではないだろうか。

投票率が上がるのは結構だが、その理由が

「名前に聞き覚えがあるから」でいいはずがない。

戦前の政治は間違いが多かったけれど、

民衆は今の何倍も政治に関してエネルギッシュだった気がする。

あのころの情熱はいずこ。


ハイパーインド人ブログⅡ
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