ここ数年通い始めた科学館。
通うとは言ってもそこそこの距離はあるので一か月に1.2度。
純粋に展示も楽しいが、そこが目的ではなく愛しい人に会いに来るのが一番の理由というのは少々不純ではあるかもしれない。
そして数年の間に変わったことと言えば科学館の1階にカフェが併設されたことぐらいだろうか。
プラネタリウムだけ鑑賞したいという人には時間までうってつけだし、カフェだけの利用も可能という事で科学館側にも利益はある。
本日可愛い恋人は休日だというのに。
何故だかこのカフェでお茶を飲んでいるのは彼のたってのデート希望だからだ。
先ほど見たプラネタリウムの解説がこの科学館の館長でありかつてキュヒョンが憧れていた人物。
他の職員の勉強のためにと激務の中時間を作ってこの日のこの回のみ解説をすることになったらしい。
キュヒョンは休みだったのにわざわざその解説を聞くためにここに来たと言うわけだ。
憧れの人と言う言葉にシウォンとしては居心地がよくない。
それを言葉にすると何時も苦笑いされるのだけど。
「確かにいい声だし、解説もわかりやすい」
悔しいかな粗を探せるほどの知識もないし、実際言葉にした通りの感想しか出てこない。
それだけ、素晴らしい解説だった。
質問のコーナーでも子供達の質問には子供向けのわかりやすい言葉で、それなりの知識があるであろう学生には的確な言葉で返答し、誰もが納得出来ただろう。
そんなシウォンの言葉に嬉しそうに笑ったキュヒョンがグラスの中の氷をストローでかき混ぜる度に涼しげな音をたてる。
「…楽しそうでなによりだ」
「だって久々なんですよ?やっぱり館長の解説好きだなぁ」
わかってる。
わかってはいてもモヤっとするのは許して欲しい。
シウォンは氷を口に入れてガリガリと噛み砕いた。
そしてキュヒョンといえば最近はすっかりそんなシウォンにも慣れたようでクスクスと小さく笑っている。
「あれ?キュヒョナ?」
柔らかいバリトンの声に振り替えると件の館長殿アイスコーヒーを手にして立っていた。
「今日休みじゃなかったっけ?」
「館長が解説するって聞いたので」
「そう。あ。デートのジャマしてすみません」
そう言って微笑むその人は声に比例した柔い表情で会釈した。
「あ。いえ」
「うちの女子たちが凄いハンサムだって言ってたけど…本当に男前ですね」
ここに何度も足を運んではいるので職員の中には顔を知ってくれている人もいる。
ただ二人の関係性についてはどう捉えているのか分からない。
「館長は休憩ですか?」
「うん。事務所の子にサーバーあるのにって言われたんだけどさ。…息抜きした方が効率が上がるってこともあるだろ?」
「要するに。承認書類溜まってるんですね?」
「…ご名答」
「頑張って処理してくださいね」
「本当に鬼だね」
「あ。今日の解説も最高でした」
「…そういうところは好きだよ」
そんな二人の会話にシウォンが苦笑いする。
いや、苦笑いというより自嘲の方が正解か。
分かってはいるのだけど…。
そんな表情を完全に見抜いたであろう所長は声を出して笑う。
「そろそろ退散するよ。恋も愛も共存できるってすごいね。それとも移行中か」
「…なんですか、それ」
館長はポケットからスマホを取り出すと操作する。
暫くしてキュヒョンのスマホが震えた。
「答え合わせしてみて」
じゃあ、とカフェを出ていく背中を見送って、キュヒョンはスマホを手にすると画面を開いた。
先程の答え合わせなのだろう。
そもそも何の答えだ。
最初はなんだか可笑しそうに見ていたキュヒョンの表情が次第に困ったようなものになって、ちらりとシウォンに視線を向けると今度は柔らかく微笑んだ。
相変わらず可愛くて困る。
暫くするとシウォンのスマホにキュヒョンからのメッセージが届いた。
どうやら転送してくれたらしい。
そのメッセージには「恋愛症候群-その発病及び傾向と対策に関する-考案」と書かれている。
そう言えばそんな曲があったような…。
歌詞を辿って「答え」らしきものを発見した。
恋には二通りの消え方があると書かれた後ろ。
「これでいうならシウォンさんに恋なんてないですよね」
そう言ってくれるのはありがたいけれど、この「自分以外に好意を向けないで欲しい」というのを求めるのは恋だと思う。
あの館長には完全に見抜かれていたわけだ。
そしてこの歌詞で言うのなら以前にキュヒョンが言っていた「気持ちが通じただけで充分」という気持ちの方がよほどの「愛」じゃないか。
あの館長…。
スマホを操作してこの科学館のホームぺージを開く。
ソン・シギョン(学芸員・館長)
只者じゃない。
「参ったなぁ」
そう呟くとキュヒョンは不思議そうに首を傾げた。
まだまだ自分は大人になっていない気分だ。
テーブルの上のキュヒョンの手を握って、この歌詞の最後のフレーズをそのまま口にした。
「あなたに出会えて 心からしあわせです」