結局眠れるはずもなく一晩赤く染まった空を見ながら過ごした。
その間何が出来るわけでもない。
昨日の昼に山火事の連絡が入った時に訓練中だった兵士たちはそのまま駆り出され、一緒に訓練を受けていたチャンミンも消火活動に参加している。
チャンミンの事も心配だけれどシウォンの事も心配だ。
どんな言い訳をしようと自分はシウォンに無関心ではいられないのだ。
ドアがノックされてジョンスが顔を出す。
それでも「いつもどうり」に過ごそうとしているのならキュヒョンはそれに従うだけだ。
ジョンスの後に着いて食堂に向かうと暖かい食事が用意されていて、それだけで気持ちが少し軽くなる。
そこに王が姿をみせた。
忙しい王の姿を見るのはここに来て数えるほどしかない。
ヒチョルは二人を見てその綺麗な柳眉を崩した。
「俺はいいんだよ。終わったら仕事全部押し付けてひたすら寝るって決めてるからな。お前も」
「そうか…」
髪や顔に煤がついたままで、それでもその表情は凛としたままだ。
周りに人が居ない事を確認して様子を尋ねるとチャンミンは声を落として話し出した。
「かすり傷程度ならみんなしてる。木が爆ぜて飛んできたりとか」
「シウォン王子は?」
「多分してる。このまま続くなら…」
「そろそろ限界ってところか?」
「多分ね」
走り出したキュヒョンとその後ろを護るチャンミンにヒチョルが叫ぶ。
何度か足が引っかかりそうになりながらも空に近い場所に出ると塀に近づいた。
森が燃えているのが確かに近くなっている。
呼吸が整うまで火の状況を見て、最後に大きく息を吸ったキュヒョンが手を広げると雲一つない空に向かって声を発した。
祝詞を旋律に乗せる。
その歌声は不思議なほどに響き、城の庭に居た使用人がその声の主を見上げていた。
遅れてきたジョンスとヒチョルが近づくのを阻止するようにチャンミンが剣の柄に手を掛けるとその後ろに控えている護衛も迷わず剣を抜く。
ヒチョルは護衛を手で制し、胸に手を当てて呼吸を整えたジョンスがチャンミンに微笑む。
「うーん…まぁ、なんとなくは」
「だったらここに居るのが何者かもわかっている、という事ですよね」
澄んだ空にどこからともなく雲がわき、次第にそれは暗く重いものに変わっていく。
ぽつりと頬に小さな水滴。
それが次第に多くなり、乾いた土を叩くほどの激しい雨に変わった。
その間も雨に打たれたままでキュヒョンは歌い続けている。
そのまま一時間程時間が過ぎてもその状況は全く変わっていなかった。
チャンミンは戦闘態勢を全く崩すこともなく、王とジョンスは同じように雨に打たれてずぶ濡れになっているにも関わらずその場を離れることも近づくこともせず静観したまま。
そこに入って来た人物にチャンミンは腰を低くすると剣を少し抜いた。
シウォンとユノ。
シウォンの方は楽し気に笑って、ユノはチャンミンの様子に構える。
「それも心配してくれたんだ。ちょっとしたかすり傷だけだよ」
「よかっ…た…」
ただ視界の端に慌てたようにシウォンが走っていたのだけが見えて、キュヒョンは心底安堵した。
その間何が出来るわけでもない。
昨日の昼に山火事の連絡が入った時に訓練中だった兵士たちはそのまま駆り出され、一緒に訓練を受けていたチャンミンも消火活動に参加している。
チャンミンの事も心配だけれどシウォンの事も心配だ。
どんな言い訳をしようと自分はシウォンに無関心ではいられないのだ。
ドアがノックされてジョンスが顔を出す。
「おはよう。食事は出来そう?無理ならお茶だけでも一緒にどうかな」
いつもどうりに微笑んでそう言うけれど、彼もきっと一睡もできていないのだろう。
疲れた様子は隠しきれない。それでも「いつもどうり」に過ごそうとしているのならキュヒョンはそれに従うだけだ。
ジョンスの後に着いて食堂に向かうと暖かい食事が用意されていて、それだけで気持ちが少し軽くなる。
そこに王が姿をみせた。
忙しい王の姿を見るのはここに来て数えるほどしかない。
ヒチョルは二人を見てその綺麗な柳眉を崩した。
「寝てないな」
「ヒチョルこそ」「俺はいいんだよ。終わったら仕事全部押し付けてひたすら寝るって決めてるからな。お前も」
今度はキュヒョンの顔を見る。
「そんな顔していたら俺がシウォナにどやされるだろうが」
クシャリと頭を混ぜられて、何故だかほっとする。
口調は乱暴だがこの王は優しい。
「失礼します」
突如開かれたドアの向こうには近衛隊の兵士が数名。
そのうちの一人がヒチョルの前で跪く。
「現状は」
「火が防火帯の近くまで来ております。防火帯からこちらに火の手が回ることはないとは思いますが風があるため火の粉で被害がでるとも限りません。森の中で生活している何世帯かは焼け出されましたが負傷者はおりません」「そうか…」
ヒチョルはしばらく考える様子を見せると顏を上げる。
「門を開けろ。被災した者、飛び火の危険がある地域の者も避難させるんだ」
その指示を伝えるべく出ていった兵士とは別に数人の兵士が疲弊しきった様子で帰城していた。
その中にチャンミンの姿を見付け、キュヒョンは彼を呼び寄せた。髪や顔に煤がついたままで、それでもその表情は凛としたままだ。
周りに人が居ない事を確認して様子を尋ねるとチャンミンは声を落として話し出した。
「あまりよくはない。防火帯のお陰で火が街まで来ることはほぼないらしいんだけど、風があるせいで飛び火の心配はある。消火しようにも消火に使える水もほとんどないし、あんな火が少量の水で消せるはずもない。火に関してはほぼ打つ手なしだ。俺達が出来るのは森の中で生活している住民の家財道具を運んだりする程度で。何人か兵士が交代で休むことになってる。俺はここの国の兵士じゃないからこのまま姫の護衛に着くように返された」
「…怪我はしてないよな」「かすり傷程度ならみんなしてる。木が爆ぜて飛んできたりとか」
「シウォン王子は?」
「多分してる。このまま続くなら…」
「そろそろ限界ってところか?」
「多分ね」
唇を噛んだキュヒョンに視線を注いだままチャンミンは「どうする?」と尋ねた。
「行くよ。チャンミナ、悪いけど…」
それを聞いたチャンミンは楽しそうに笑った。
「俺は最後までお前の護衛だ。それに言っただろ?守りたい人が居るんだよ」
その一言で気が楽になった。
大切な妹や国を危険に晒すことにはなるだろうけど、今自分が一番守りたいものはそこじゃない。走り出したキュヒョンとその後ろを護るチャンミンにヒチョルが叫ぶ。
「おい!どこに行く気だ!」
それに返事をすることもなく、キュヒョンは城内を走り屋上に続く長い階段を駆け上がる。
本当に、どうしてドレスってこんなに動きにくいんだ。何度か足が引っかかりそうになりながらも空に近い場所に出ると塀に近づいた。
森が燃えているのが確かに近くなっている。
呼吸が整うまで火の状況を見て、最後に大きく息を吸ったキュヒョンが手を広げると雲一つない空に向かって声を発した。
祝詞を旋律に乗せる。
その歌声は不思議なほどに響き、城の庭に居た使用人がその声の主を見上げていた。
遅れてきたジョンスとヒチョルが近づくのを阻止するようにチャンミンが剣の柄に手を掛けるとその後ろに控えている護衛も迷わず剣を抜く。
ヒチョルは護衛を手で制し、胸に手を当てて呼吸を整えたジョンスがチャンミンに微笑む。
「大丈夫。ジャマはしないから」
「…今から何が起こるかわかってらっしゃると?」「うーん…まぁ、なんとなくは」
「だったらここに居るのが何者かもわかっている、という事ですよね」
チャンミンが柄を握る力が強くなる。
「だから、邪魔はしないっつてるだろーが」
ヒチョルが苛立ったようにチャンミンにそう言うとキュヒョンを見てにっと笑う。
「それにしても凄ぇいい声だな」
キュヒョンには今この状況は見えていない。
ただ精神を統一させるのだけで精いっぱいだ。澄んだ空にどこからともなく雲がわき、次第にそれは暗く重いものに変わっていく。
ぽつりと頬に小さな水滴。
それが次第に多くなり、乾いた土を叩くほどの激しい雨に変わった。
その間も雨に打たれたままでキュヒョンは歌い続けている。
そのまま一時間程時間が過ぎてもその状況は全く変わっていなかった。
チャンミンは戦闘態勢を全く崩すこともなく、王とジョンスは同じように雨に打たれてずぶ濡れになっているにも関わらずその場を離れることも近づくこともせず静観したまま。
そこに入って来た人物にチャンミンは腰を低くすると剣を少し抜いた。
シウォンとユノ。
シウォンの方は楽し気に笑って、ユノはチャンミンの様子に構える。
「何もしないよ。約束する」
シウォンは両手を挙げるとゆっくりと二人に近づいてきた。
「キュヒョナ」
名前を呼ばれて初めてキュヒョンは歌うのをやめるとシウォン見詰めた。
今初めてそこに居るのに気が付いたと表情がそう語る。
「もう大丈夫。ありがとうキュヒョナ」
「…けがは…」「それも心配してくれたんだ。ちょっとしたかすり傷だけだよ」
「よかっ…た…」
ガラリと足元が崩れたような気がした。
まるで無重力空間に放り込まれたように何も感じない。ただ視界の端に慌てたようにシウォンが走っていたのだけが見えて、キュヒョンは心底安堵した。