「死ね」という言葉
昨夜、彼女と喧嘩をした。
彼女が洗濯物をダイニングの机の上に放りっぱなしにしていたことに、お小言を言ったのが原因だ。
「いつも放りっぱじゃん。ちゃんと片付けようよ。」
この言葉が、彼女の逆鱗に触れたらしい。
いつもじゃない、時々だ、から始まり、boyaだってやらないじゃないか、いや、俺は放りっぱなしにはしていない、分けて部屋に運んでるじゃないか…と口論が続く。
彼女が切れる。
「何で生きてるんだよ。死ねよ。」
「お前が病気なだけで迷惑なんだよ。死んでくれよ。」
「社会のために死んでくれ」(これは、俺の勘違いかもしれない。彼女は言っていないと主張)
激鬱になる。
「死ね」という言葉は否定的だ。
ものすごく否定的だ。
「不要物」と言うことだろう。
「殺すぞ」「殺してやる」には、憎悪がこもっている。
この言葉の方が、今の俺にはまだましだ。
「死ね」
これは、憎悪と言うよりも、相手の存在そのものを否定する言葉に聞こえる。
最近体調も良く、いい感じだったけど。
今日も駄目だ。
落ちてる。
仲直りはしたものの、落ちている。
早く浮上したい。
俺に明日はあるのか?
また自問自答が始まる。
本当に死んだ方がいいんじゃないか。
傷病手当を戴いているだけで、社会に迷惑をかけているんじゃないか。
ゴミ以下の存在?
今の俺に存在価値はあるのか?
死なないように気をつけよう。
独りでいると、本当に死んでしまいそうだ。