診る側と、診られる側と | 俺たちに明日はnice!!

診る側と、診られる側と

俺は鬱病で休職している。

正式に休職したのは、昨年の10月だ。

が、病院に行き出したのは、昨年の7月末。


このブログに初めてコメントを下さったグラダンさんは、医療関係の勉強をされているらしい。

グラダンさんの許可を得て、この記事 を引用させていただく。


▼引用開始

┃今週は精神科でお勉強してましたb

┃感想は・・・むずかしい。

┃なんていうかね、血液検査で異常な値見て、病気見つけたりするわけでなく、

┃見た目も正常なわけで・・・。

┃お話中心で診断進める感じが全然慣れないので、とってもむずかしかった。

┃んで、一昨日かな、ある患者さんが診察で涙ボロボロこぼしてました。

┃現状では、社会生活営めないから、薬を飲む。

┃これは、しょうがないこと。飲まないでいたら、もっともっと精神のコントロールが難しい。

でも、「薬ばっかに頼りやがって。」「お前は怠け病だ。」などと言われているらしい。

▲引用終了(抜粋引用)


診る側も、本当に難しいんだろうなぁ、と感じる。


俺が始めて通った病院は、会社の近くだった。

昼休みに診てもらって、薬ももらえるということで。


しかし、この病院は本当に事務的だった。

先生はPCを叩きながら診療し、俺のほうを全然見てくれない。

話を聞いてもらえている実感も持てない。


薬をもらうだけなら、このような病院でも良かったんだろう。

受付のお姉さんは二人とも美人だったし。


しかし、どうしても自分の病気が良くなるようには思えなかった。


今の病院は、カウンセリングを含んだような診療になっている。

話も良く効いていただけるし、悩みも聞いていただける。

また、自分の状態がどうなってきているのか、お話していただける。

一人一人に掛ける時間が事務的じゃない分、待たされることも多いけど、とても安心して受診できている。


家族の理解という点では、彼女が理解してくれていることが一番大きい。

「風邪をひいているようなものだよ。風邪なんだから、プールに入らないで、おとなしく休まないと。」と言ってくれる。


両親は、そこまで理解してくれていないかもしれない。

調子のいいときは遊びにも行くし、掃除洗濯なども頑張れる。

自分の調子が悪いときは何も出来ないけど、それが病気のせいなのか、単に怠けたいからベッドで横になっているかなんて、見分けがつかないさ。


分かって欲しいのは、鬱病の人間が苦しんでいるということ。

遊びにいけることだってある。

仕事が出来そうな日だってある。

でも、どうにもならない日が多くある。

死にたくなる日もあるし、嫌なことだけど、自殺を実行しようとすることもある。


そんなときに支えてくれるのは、本当に身近に居る人の存在。

彼女の理解は俺の大きな支えになっているし、今の病院の先生の存在もそうだ。

もちろん、やすけも。


診る側にとっても難しい病気だし、診られる側にとっても難しい病気だ。


グラダンさんの記事を読んで思ったのは、きっと理解ある「診る側」になってくれるんだろうなぁ、ということ。

一番辛いのは、「診る側」の人が「おざなり」なことです。


ちょっと暗い記事だ。

ま、ぼちぼち行こう。