蝉の抜け殻に想うこと
昨日、ちょっと出かける用事があった。
出かけるときは大抵バイクだ。雨が降っていない、飲酒の予定がない限り。
バイクカバーを外していると、お隣さんのバイクカバーに蝉の抜け殻を発見。
周りはコンクリートだらけなのに、どこから這い出て来たんだろう?
ともかく、抜け殻があるということは、ここから成虫として飛び立った蝉がいるということだ。
鬱傾向で休職してから、もう直ぐ10ヶ月になる。
休職したての頃は、本当に抜け殻のようだった。
何もする気が起きないだけではない。自分が自分でないようだった。
深夜に突然徘徊し、朝まで家に帰らないとか、自殺しようとしたりとか。
自殺なんて、今までの人生で考えたことなど一度も無かったのに、突然「自分は生きている価値の無い人間。生きている必要の無い人間」という思いに駆られたりして。
そんな時、思いとどまったのは、彼女の存在とやすけちゃんの存在だ。
昼、1人で家にいるとき、死ぬのを思いとどまったのは、やすけくんの存在が大きい。
ありがとう、やすけ。
蝉の抜け殻に何を想ったかというとだ。
あんなに抜け殻みたいだった自分が、だんだん自分を取り戻してきている気がするなぁ、ということ。
抜け殻があった以上、そこから成長して出て行った何物かがいるはずだ。
まだまだ復帰には遠いかもしれないけど、自分の抜け殻を、蝉の抜け殻に重ねて想った。
俺、成虫になれるのかな?
焦らず行こう。
