震災から8年 | バルコニーで小さな幸せを

バルコニーで小さな幸せを

戸立てからマンションへ❣️
笑って過ごすバルコニーガーデンで幸せを咲かせたい

こんにちは久栄です。

震災から8年…あの日を私は忘れない。

仕事中だった私は尋常で無い揺れに外に飛び出た

3階建ての事務所が大きく揺れ前の家が揺れてた

休憩室に行き皆んなでTVを見た時

福島の漁港への津波の映像…

身体が震えた心臓が飛び出そうな位高鳴った

兄の住む町

携帯が繋がらなく成り会社の固定電話も繋がらなくなった。

その日は東京ビックサイトで展示会が有り本社には私を含め女性4人と

販促課と総務経理の男性社員2人が居るだけだった。

IP電話が通じた為男性社員と各店の様子を聞き大丈夫だろうと判断し

女の子達に直ぐに帰る様指示し(電車が止まる事を考えた)

私も自宅に帰った。その時の私の判断は誤りだったと翌日知る事に成る

幸い我が家は香水が1本倒れているダケ

BOYも無事

でも実家(埼玉)への電話が繋がらない

老夫婦二人暮らしの上

兄への心配でパニックに成って居るのではないか

胸が張り裂けそうだった。

幸い直ぐに固定電話が繋がる様になり

旦那はんから電話が入り

もう少し実家と連絡取れない様なら実家に行ってくるからと伝え

兄へ実家へと電話し続けてた

夕方になりやっと実家に繋がり

兄の携帯と母の携帯が繋がり無事が確認出来た。

翌日出社途中の旦那はんから電話が入り

「お店とんでも無い事に成ってるよ」と

当時うちの会社ではお店を朝7時半オープンにしてた

慌てて出勤しお店を手伝った。

人間の本性が出る時だった…

怒鳴られた…理不尽な言葉を吐かれた

私は兄が被災してるんですよって言いたくなった

でも言えないのが現実

ただ謝り嵐のような時間を過ごした。地震直後からお客様が殺到してたらしい

ちょっと考えればイヤいつもの私なら直ぐにお店に顔出しに行った筈なのに

兄への心配から全く考えが及ばず家に帰ってしまった。

勿論私達が取り置きするとかお店に出す前に手に入れるとか

絶対しては成らなかった。

兄は食べているのだろうか…マンションでは水も電気も止まってると聞いていた。

テレビでは毎日余震・余震のニュース…そして尽きぬ心配

それでも現実は会社員バイヤー達と 商品を手に入れる為の電話続き

商品が納品されるとお店へと手伝いに行き値付け品出しレジ…

計画停電の時は懐中電灯片手に商品棚へとお客様を案内し1人のお客様に

1人のスタッフが必要だった。

震災から1か月程経った時やっと兄は実家へ帰る事が出来た。

会社は某有名自動車会社だが やはり地震の影響で自宅待機

兄の様に実家が有る人は帰省出来る様なら帰省する様にと指示が出ていた。

高速を乗り継ぎ一般道を使い帰って来た様だった。

車のナンバーが いわきナンバーの為高速代は無料で「大変でしたね。ご苦労様」と

料金所の方達に言われたらしい。

実家に会いに行くと少し痩せてたものの元気だった。

そして何と帰省出来ず困っていた後輩とその彼女を実家に連れて来ていた。

私達夫婦は我が家でストックしていたミネラルウォーターやトイレットペーパー・ティッシュペーパー

卓上コンロ用のガスを持って行った。

もう震度4位だと何とも思わなくなったと笑っていた。

食事はコンビニやスーパーでは手に入らず和菓子屋で

おまんじゅうやお団子を買って食べていたと

1人者で良かったねと皆で笑った。

両親も連れてきた後輩の世話を焼きながら楽しそうにしてた。

先日実家で兄に会った時 後輩と彼女は結婚し家を買い

上の子が今年小学生に成ると聞き人はこうして強く成って行くんだなぁと思った。

正直言って

兄が被災していなければ

あ~あれからもぅそんなに経ったんだぁ

お店も計画停電も大変だったよねぇ

位にしか思わなったと思う。

自分に火の粉が降り懸からなければ 所詮他人事って思い

自分の住む地域で無くよかった。

が本音…

被災地でも無く明日困る物でも無いのに買い溜めし

在庫が無ければ私達が優先的に買っているんだろうと怒鳴る

「被災地優先で物が動いてるんです。」

の言葉に返って来た信じられない言葉の数々

もしかしたら私もソッチの人間だったかもしれないと云う自己嫌悪の日々

それが私の心が病んで行く一歩だった。

鬱再発そしてパニック障害。

鬱状態に成り休暇を取る人がお店で続出した。

「もぅ限界です。2度と接客業には就きません。」

辞めて行くスタッフ。

土下座までさせられたスタッフ。

それも又一つの二次被害だったと思う。

私は毎年思う今日と云う日を絶対忘れない。

忘れてはいけない。

数年前 夫婦で岩手三陸復興支援と云うツアーに行って来た。

その話しは又いつか…

私は絶対忘れない…

3月11日という日を

読んで下さり有り難う御座いました。