香川の旅~丸亀城、八十場~
筆者兄弟が椎間板ヘルニアになってしまい、ブログ更新が非常に遅れてしまった。
読者の方々には、深くお詫びをしたい。
また再び、ブログを再開するので、良かったら見に来てください。
さて、今回は、香川の旅。
香川県は、実は、崇徳上皇と縁が深い。
崇徳上皇は鳥羽天皇の中宮・藤原璋子(待賢門院)の第一皇子として生まれ、崇徳上皇の曽祖父である白河法皇の意向により、第75代天皇として即位された天皇である。
実は、崇徳上皇には噂があり、藤原璋子は、曽祖父の白河法皇と不倫の末、生まれた子であるとされ、鳥羽は崇徳を「叔父子」と呼んで忌み嫌っていたようである。
藤原璋子は、藤原公実の娘であったが、父の急死により、白河法皇の養女とされ育った。
この白河法皇が璋子を自分のものにしてしまったようであり、鳥羽天皇の女御にあがってからもしばらくその関係は続いたと言う噂もある。
実際、摂関家の嫡男・藤原忠通との縁談が持ち上がったが、璋子に噂があったため忠通の父・忠実は固辞し、白河法皇の不興を買っている。
こうした結果、鳥羽法皇が病に倒れ、崩御した際、崇徳上皇は臨終の直前に見舞いに訪れたが、対面はできなかった。古事談によれば、法皇は側近の葉室惟方に自身の遺体を崇徳院に見せないよう言い残したとすら記載されているようだ。
そして、政変がおきる。法皇が崩御してすぐに、「上皇左府同心して軍を発し、国家を傾け奉らんと欲す」という噂が流され、それを受けて、弟の後白河天皇の綸旨により、朝敵扱いされてしまうのだ。これが、保元の乱である。天皇方の先制攻撃に対して、上皇方は、側近である源為義と為義の三男~九男・平忠正とその息子四人などの武士が集結するも、機先を制された崇徳上皇方に参じた兵力は甚だ弱小であり、亡き平忠盛が重仁親王の後見だったことから、忠盛の子・清盛が味方になることに一縷の望みをかけた。
しかし、結果は平清盛は勝ち馬に乗ってしまい、惨敗。崇徳上皇は、ここ讃岐の国に配流されるのである。
その後の崇徳上皇は、仏教を篤く信仰し、経典の写本作りに専念し、戦死者の供養等に、鳥羽法皇の命日に、完成した写本を京の寺に収めてほしいと朝廷に差し出した。
しかし、後白河上皇はこれを拒否し、写本を破いた上送り返してきたようである。
これに激しく怒った崇徳院は、舌を噛み切り、写本に
「我、日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」
「この経を魔道に回向す」と血で書き込み、海に飛び込んで自殺されたと言われている。
後白河上皇は、讃岐国で崩御した際も、その死を無視した。
しかし、その死からすぐ、延暦寺の強訴、安元の大火、鹿ケ谷の陰謀が立て続けに起こり、後白河や忠通に近い人々が相次いで死去、天皇の朝廷から武家に政権が渡り、明治維新まで、武士が権力を握る時代へとなったことから、崇徳上皇の怨霊伝説が始まる。
明治天皇は、即位してまずはじめにやったことは、勅使を讃岐に遣わし、崇徳天皇の御霊を京都へ帰還させて白峯神宮を創建し、崇徳天皇に侘びをいれ、昭和天皇も、、香川県にある崇徳天皇陵に勅使を遣わして式年祭を執り行わせている。
その崇徳天皇稜近くに、八十場と言うところがある。
皇の崩御後、遺体を当地の清水に浸しておいたところ神光が輝き、全く腐敗しなかったたことから、二条天皇の宣旨を受け造営されたと伝わる白峰宮がある所だ。
ここに、ところてんで有名な、清水屋というのがある。以下のような感じだ。




水は、八十蘇場の清水と言われ、古代から有名のようだ。
泉の脇には弥蘇場地蔵堂があり、本尊は地蔵菩薩で四国八十八箇所番外札所にもなっている。
ヤマトタケルノミコトの父第12代景行天皇の時代、南海で暴れていた悪魚を退治に向かった讃留霊皇子と80人(88人)の勇者が悪魚の毒に苦しんだ。この泉の水を汲んだ童子が勇者達に水を飲ませると、たちまち蘇った。そこで八十蘇場の清水と呼ばれるようになったと言う。
四国巡錫中の空海(弘法大師)が八十蘇場の清水を訪れ、十一面観音・阿弥陀如来・愛染明王を刻んで仏堂を建てて安置し、また、薬師如来を刻んで泉を閼伽井としたという伝承もある。
崇徳上皇への御参りをしてから、この澄んだ水で出されるところてんを頂くのは、なんとも言えない。
そして、讃岐と言えば、やはり、讃岐うどん。幾つも下記のような場所がある。
これは、他のホームページにたくさん紹介されているので、説明などは割愛する。
付近にたくさんのこうしたうどん屋さんがある。


そして、丸亀城。結構きつい坂だが、美しい山城。生駒親正が讃岐17万石を与えられ築城したと言う。その後、京極氏の居城となって明治まで続く。

夜は、讃岐の鳥の有名店である一鶴にて、親鳥と雛鳥を食す。親鳥は、堅めの筋肉でしっかりとした歯ごたえであり、雛鳥は本当に柔らかくとろけてしまいそうな感じ。
本当に美味。かなり混んでいるが回転が速いので、思ったよりは並ぶ時間は少なかった。



読者の方々には、深くお詫びをしたい。
また再び、ブログを再開するので、良かったら見に来てください。
さて、今回は、香川の旅。
香川県は、実は、崇徳上皇と縁が深い。
崇徳上皇は鳥羽天皇の中宮・藤原璋子(待賢門院)の第一皇子として生まれ、崇徳上皇の曽祖父である白河法皇の意向により、第75代天皇として即位された天皇である。
実は、崇徳上皇には噂があり、藤原璋子は、曽祖父の白河法皇と不倫の末、生まれた子であるとされ、鳥羽は崇徳を「叔父子」と呼んで忌み嫌っていたようである。
藤原璋子は、藤原公実の娘であったが、父の急死により、白河法皇の養女とされ育った。
この白河法皇が璋子を自分のものにしてしまったようであり、鳥羽天皇の女御にあがってからもしばらくその関係は続いたと言う噂もある。
実際、摂関家の嫡男・藤原忠通との縁談が持ち上がったが、璋子に噂があったため忠通の父・忠実は固辞し、白河法皇の不興を買っている。
こうした結果、鳥羽法皇が病に倒れ、崩御した際、崇徳上皇は臨終の直前に見舞いに訪れたが、対面はできなかった。古事談によれば、法皇は側近の葉室惟方に自身の遺体を崇徳院に見せないよう言い残したとすら記載されているようだ。
そして、政変がおきる。法皇が崩御してすぐに、「上皇左府同心して軍を発し、国家を傾け奉らんと欲す」という噂が流され、それを受けて、弟の後白河天皇の綸旨により、朝敵扱いされてしまうのだ。これが、保元の乱である。天皇方の先制攻撃に対して、上皇方は、側近である源為義と為義の三男~九男・平忠正とその息子四人などの武士が集結するも、機先を制された崇徳上皇方に参じた兵力は甚だ弱小であり、亡き平忠盛が重仁親王の後見だったことから、忠盛の子・清盛が味方になることに一縷の望みをかけた。
しかし、結果は平清盛は勝ち馬に乗ってしまい、惨敗。崇徳上皇は、ここ讃岐の国に配流されるのである。
その後の崇徳上皇は、仏教を篤く信仰し、経典の写本作りに専念し、戦死者の供養等に、鳥羽法皇の命日に、完成した写本を京の寺に収めてほしいと朝廷に差し出した。
しかし、後白河上皇はこれを拒否し、写本を破いた上送り返してきたようである。
これに激しく怒った崇徳院は、舌を噛み切り、写本に
「我、日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」
「この経を魔道に回向す」と血で書き込み、海に飛び込んで自殺されたと言われている。
後白河上皇は、讃岐国で崩御した際も、その死を無視した。
しかし、その死からすぐ、延暦寺の強訴、安元の大火、鹿ケ谷の陰謀が立て続けに起こり、後白河や忠通に近い人々が相次いで死去、天皇の朝廷から武家に政権が渡り、明治維新まで、武士が権力を握る時代へとなったことから、崇徳上皇の怨霊伝説が始まる。
明治天皇は、即位してまずはじめにやったことは、勅使を讃岐に遣わし、崇徳天皇の御霊を京都へ帰還させて白峯神宮を創建し、崇徳天皇に侘びをいれ、昭和天皇も、、香川県にある崇徳天皇陵に勅使を遣わして式年祭を執り行わせている。
その崇徳天皇稜近くに、八十場と言うところがある。
皇の崩御後、遺体を当地の清水に浸しておいたところ神光が輝き、全く腐敗しなかったたことから、二条天皇の宣旨を受け造営されたと伝わる白峰宮がある所だ。
ここに、ところてんで有名な、清水屋というのがある。以下のような感じだ。




水は、八十蘇場の清水と言われ、古代から有名のようだ。
泉の脇には弥蘇場地蔵堂があり、本尊は地蔵菩薩で四国八十八箇所番外札所にもなっている。
ヤマトタケルノミコトの父第12代景行天皇の時代、南海で暴れていた悪魚を退治に向かった讃留霊皇子と80人(88人)の勇者が悪魚の毒に苦しんだ。この泉の水を汲んだ童子が勇者達に水を飲ませると、たちまち蘇った。そこで八十蘇場の清水と呼ばれるようになったと言う。
四国巡錫中の空海(弘法大師)が八十蘇場の清水を訪れ、十一面観音・阿弥陀如来・愛染明王を刻んで仏堂を建てて安置し、また、薬師如来を刻んで泉を閼伽井としたという伝承もある。
崇徳上皇への御参りをしてから、この澄んだ水で出されるところてんを頂くのは、なんとも言えない。
そして、讃岐と言えば、やはり、讃岐うどん。幾つも下記のような場所がある。
これは、他のホームページにたくさん紹介されているので、説明などは割愛する。
付近にたくさんのこうしたうどん屋さんがある。


そして、丸亀城。結構きつい坂だが、美しい山城。生駒親正が讃岐17万石を与えられ築城したと言う。その後、京極氏の居城となって明治まで続く。

夜は、讃岐の鳥の有名店である一鶴にて、親鳥と雛鳥を食す。親鳥は、堅めの筋肉でしっかりとした歯ごたえであり、雛鳥は本当に柔らかくとろけてしまいそうな感じ。
本当に美味。かなり混んでいるが回転が速いので、思ったよりは並ぶ時間は少なかった。


