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私は地球からできている

自分の地球に対する感触や感想を記録として書きとめておこうと思いました。

日本で昨年の9月に放送されたこの番組を、

先日偶然に見た。


私の目に留まったのは、

被災地という文字ではなく、

「のど自慢」。


実は私、この番組が大好き。

もう一つNHKマニアとして、挙げるなら、

「世界ふれあい街歩き」

こちらも是非見てほしい。


私の場合、

大昔に卒業した大学の学部が「放送学科」だったことと、

テレビ制作にしばし携わったこともあり、

どうしても制作している裏側をえらく推測するクセがある。


その観点から、

NHKスペシャルはとても丁寧に作られていると思う。

資本が大きいからできる番組でもあるのだが、

制作者の技術の高さも実感するのです。


例えば「世界ふれあい街歩き」は、

ステディカメラという担いで歩いても画面がほぼ揺れることのない

特殊な機材ですが、非常に重い。

この重いカメラを担いで外国の街中を長時間ロケしてるだけでも

尊敬に値するが、番組がスムーズに流れる舞台裏で、

綿密な下見と、コーディネーターの声を消す編集に

かなりの時間を使っていることが容易に想像できます。


「のど自慢」も、

見ていて本当になごむ番組です。

こちらも、予選の応募者集め、予選開催、本戦の回覧者集客、本戦、

そして参加者へのトロフィー準備など、あの尺の番組の裏では、

とてもとても大変な仕事が沢山あります。


参加者も真剣そのもので、

応援団は大弾幕を会場に飾り、

「日本っていい国だなぁ」と実感する番組です。


しかーし!

のど自慢はなぜかメチャクチャ辛口の採点で、

キンコンカンコンと鐘が沢山鳴ることはほとんどなく、

鐘1つ2つが圧倒的に多い。

そこまで真面目な番組だ。


そして今回のNHKスペシャル。

お気に入りのものは、後日NHK出版からDVDを購入しているのですが、

その大好きなNHKスペシャルそしてテーマが大好きな「のど自慢」だから、

これはもう見るしかない!!


被災地での「のど自慢」という背景から考えると、

応募者のハガキでその方の被災状況や現在の心境が理解できるから、

「のど自慢」は、個人取材のネタの宝庫ともいえる企画だ。

このお宝をNHKはどのように取材し、何を伝えるのか?


実際に番組を見たら・・・・





完全に泣かされた。

いやーすごい仕上がりでしたね。

素晴らしすぎる。


心配なのはタイトルが「のど自慢」なので、

「のど自慢」をただの年寄り番組と思っている層が見なかったのでは?

ということが気になったくらい。


これからブロードキャスティングを目指す人がいるなら、

是非見てほしい番組です。


震災の映像はほとんどなく、

参加者にクローズアップし、彼らがなぜ今この時期に「のど自慢」に応募し、

テレビで歌を歌いたかったか?それを応援する周りの人々の取材で番組は構成されている。


しかし、それこそが震災で傷ついた人々の心の奥までも

画面に映し出す技術なんですね。


ずいぶん昔に、

高知の修学旅行生が上海で列車事故に遭い、

29名が亡くなる大惨事が起こった。


そのとき、日本のメディアは上海へ子供の身元確認に向かった父兄を

空港で待ち構え、その悲しむ姿を放送した。


確かにこの事故の悲惨さを伝える方法としては、

「涙」という素材は視聴者にダイレクトに訴えかける材料になる。


しかし、それを見た視聴者は

そのときは「かわいそう」と思うだろうが、

今、その話を覚えてる人はどれくらいいるだろう?


「見た」から「伝わった」という考えは間違ってないかもしれないけれど、

何を訴えかけるのか?も、とても大事だし、

そこから視聴者が考えることに持っていかないと、

メディアはただの残虐放送センターになってしまう。


この列車事故をヨーロッパの(国を忘れました)メディアが報じた番組を

大学時代に見ることがあり、とても大きな衝撃を受けた。


その番組の始まりの部分が今でも忘れられない。


それは列車事故で亡くなった学生や引率者のリストを

ただ、上から下にゆっくりと追っていく映像。文字だけの映像だ。


しかし、そのリストには

被害者の名前と年齢が記載されていた。

大学生の私にも、

「こんなに若い命が、人生の思い出になる修学旅行で、奪われた」

という音声に乗らないメッセージが伝わった。


そういう意味で、悲惨な映像を流すことだけが、

悲惨さを伝える方法ではない。と思った。



今回、さすがと思ったもう一つのポイントは、

NHKという会社組織だ。


「のど自慢」参加者への対応や、

鐘の音が少ない多いに関わらず、

全員にトロフィーを用意し、

参加したという記念を大切にしている。


もちろんドキュメント取材があり、

尚且つ参加者が被災者ということから、

通常よりも手厚くしているのかもしれない。


でも、民法であそこまでやってる会社はないと思う。



「NHKっていい会社だなぁ」って思った人も少なくないと思う。



「よし、受信料多めにはらおうか?」

となならずとも、

NHKの企業努力をアピールするのに完璧だった。



色んな意味で玄人な、

このドキュメントを是非見てほしいです。



photo:01



この写真はインパクトあったなぁ。
億ドルあったらしいが、
目に見えるものだけを信じてしまったんだろう。

目に見えるものは永遠ではない。

理解している人も多いはずなのに、
誰も彼女を救えなかったのだろうか?

才能があるからこそ、
磨いて欲しかったのに
残念でならない。

彼は何処を目指すんだろうか?
彼が世田谷成城で作り上げた世界が
ここには完全なかたちで存在している

彼が好きな車も
ヤレた看板も現役で
ボヤけながらも
まだその存在をアピールしてる

例えばあの金髪の50代の彼そのものが
今ここにいても
whazzup george?
だろう

でも

あればあるほど
大事なあれが
あれれれれ?


手に入らない
真髄が見えにくくなるような


それは
不自由


不自由は私を大きくする
満してくれる
渇きを感じることができる


渇きが重要だと思います。


とことん渇けば
水が旨くなる


彼は色んな色の
色んな味の水を
色んな色の
色んな器で・・・


さて、
我々は何を求めているんだろう?
人間が求めるものはモノじゃない


感覚だ


水は物体で感覚ぢゃない



感覚は飲むこと


欲望は飲むこと


欲望の量は


大きさと回数の掛け算



毎日最高の女をとっかえひっかえ
ヤリまくる
365日を20年間


だから私は幸せだ
まだ欲しいものが手に入らない。
私は渇いている
求めている
欲しいと願う


求めることこそ
欲の真髄だ



本当に求めることを最大化すると
大きさが増し回数は減る



一つしか持てないから
最高を最大に求める



人の持ち物はそうであるべきだ



洒落たウンチクなんか必要ない


無性に求めた者が
最大に感覚をふるわせ
中途半端な欲がモノの価値を高めてる


最高の感覚を手にした者のみ
本当の空を理解する