一昨日の夜、仕事から帰って古いアルバムを見ていた。
そのアルバムに偶然、挟まっていたのがこの写真である

「こ・こ・これは・・・コミケさん」もう十五年以上前の写真である

私の実家で初めて産まれた猫であった。生前、親父が新聞の地方版を見て貰って来た(二匹:白猫と三毛猫)母猫は三毛猫のミケさん。
その娘なのでコミケさんというわけだ。
コミケさんは三兄弟なので他に茶トラと黒っぽい虎猫がいた。
黒っぽいのは成猫になったか、なかないうちに何処かへ行ってしまった。以来、茶トラとコミケさん、母猫ミケさん、叔父猫にあたる白猫のシロで暮らしていたが、叔父猫のシロが盛りの時期に何処へ行って帰って来なくなってしまい、母猫のミケさんもいなくなってしまった。
暫くは茶トラと二匹暮らしであったが実家は家の中と外を自由に行き来出来た為に気ままな生活の反面、盛りの季節は茶トラはさ迷い猫として外の世界へ・・・。
外には危険が付き物である。
交通事故や外敵、他の猫に喧嘩を吹っ掛けられたり、病気を移されたり。特に雄猫の茶トラは縄張り意識の強い野良猫と対峙しなくてはならない為、キズだらけになってフラフラで帰って来た時もあった。
茶トラは七~八年生きたが、最後は病気になったのか?ぐったりと庭で倒れていた。母が家の中に連れてきたが、また抜け出して裏の家の玄関口で倒れていた。
当時、私は敷地内の離れ部屋に住んでいたので、今度は私の部屋に連れてきて毛布の上に寝かせておいた。
内心、もうダメなのかな?と思いながらも、淡い期待でまた元気になって欲しいと祈った。
期待虚しく茶トラはその日の晩に排尿、排便をして天国へと旅立った。
残されたコミケさんは数ヵ月後に出産した。
何度か出産した中にタマちゃんがいたのだ。

これはタマちゃんではない。
三毛猫だなぁ。確かこの三毛猫は腹に身籠ったままいなくなってしまったような?

こちらがタマちゃん(ゴロ~さんの母猫)ではないだろうか。
タマちゃんは白に黒のぶち猫であった。
コミケさんはタマちゃんが成猫になった頃に体調が悪くなり出した。
歯が抜けたり、口臭が酷くなり食欲もなくなって来た。
歯槽膿漏かと思い、ドライフードを止めてスープ系の餌にしてみたりしたのだが食べないのだ。
そんな矢先、タマちゃんがいなくなってしまった。
コミケさんはもう外に出る体力もなく家の中でグッタリしている。
さすがにこれはと思い、動物病院へ連れて行くと、先生から受けた診断は・・・「猫エイズです。もっても三日くらいかと・・・」
残酷な診断を宣告されてしまった。
私は不安と絶望な気持ちのまま仕事に向かった。
殆ど仕事が手に着かない状況であった。
私が家に帰ると母が「まだ大丈夫だよ」と言うのですぐにコミケさんの下へ急いだ。
コミケさんは寝ていたが背中が動いていたので息をしているのは分かった。私が背中を撫でると小さな声で「二ャ~」と弱々しく鳴いた。
「コミケちゃん!」私が抱き抱えるとコミケさんは「ニャーン!!」と鳴いて目を見開いて息が止まった。
眼球が白っぽく濁っていったのが分かった。コミケさんは茶トラのいる天国へ行ってしまったのだ。
会社から帰って来る私を待っていてくれたのだろうと私は思った。
数日後。ひょこっとタマちゃんが戻って来た。タマちゃんはその時、身籠っていた。その時に産まれたのがゴロ~さんである。
家の者はゴロ~さんはコミケさんの生まれ代わりだと信じて疑わなかった。ゴロ~さんの他にも三匹くらい産まれたのだが貰ってくれる人もいたりして、ゴロ~さんは家に残ったのだ。
だからミケさんのDNAはゴロ~さんまで受け継がれているのである。
しかし、数枚の古い写真がここまで昔の記憶を呼び起こしてくれるなんて・・・不思議なものである。

今も健在なゴロ~さん。気ままに昼寝生活を続けている。
健康状態は良好だ。