パリと私。 | ☆★Seiko's happy life★☆ここではない、どこかへ

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大好きな旅行のこと、ペットのこと、
日々感じたことなどを気ままに書いています☆

パリ旅行日記はまだ途中ですが、旅自体はラスト、お昼のフライトで帰国します。

今回はアパルトマンに滞在し、暮らすように[みんな:01]がテーマでした。

ニューヨークは素直に好きだと言えるし、居心地がいいし、恋しいなぁと思う街。

パリは決して好きだとは言えないし、いつも無理をしている気がするけど、なぜかまた来てしまう街。

3回目くらいまでは、パリ大好き[みんな:02]なんて言ってたんですけどね。

何度か来ていると、見えるものが違ってきて、少しフランス語が出来るようになったのもあって、更に高度な事をしてみたり求めるようになって、ただ観光に来て“わぁ~パリって素敵な街だなぁ”っていうのとは変わってきたのかも。

語学の先生にも、それだけパリに行くんだから住みたいんでしょ?とか言われるけど、答えはNOなのです。

今回はそれを確かめに来たのもあって、答えはやはりNOでした。

それに、今の私は“欲”というものが本当になくなってしまって(以前がありすぎたのか?)、パリへ来たら少しは元に戻るかと思いきや、全然でした[みんな:03]

服が欲しい!靴が欲しい!美味しいものが食べたい!あれが見たい!ここへ行きたい!

まぁ、エスカルゴを食べたり、革命記念日のパレードを見たり、それなりには色々したんだけどね。

昔は時間を惜しんで、予定も詰め込んで、欲しいものを買えるだけ買って、スーツケースをパンパンにして。[みんな:04]

今回は日本から持ってきた日本食がスーツケースを占めていたので、帰りはそこにお土産を入れようと思っていたのだけど、ガラーンとしてる。

よく言えば大人になったのかな。[みんな:05]

もう人にお土産買うのも面倒だなぁなんて思っちゃう…

結構お土産探しって時間かかるし、パリにあるものは日本にもあるし、5回目だし、さすがにもういいかな?と思うし[みんな:06]

昨日は珍しく、というか海外にいる私に、仕事以外の要件でほぼ初めて電話をしてきた父。

何事か?と思ったら、マレーシア機のニュースを見て連絡してきたのでした。

実は今回の旅、前半は本当に楽しくて、少し気持ちが復活しつつあったのに、なんともショッキングな現場に居合わせてしまって…

オペラの駅で電車待ちをしていたら、ホームの端の方を女性がフラフラと歩いて来て、つまづいたのか?転んでしまい、そのまま線路へ落ちて、そのすぐ後に電車が入って来て…

もう数秒くらいの出来事で、私の目の前での出来事とは言え、いつもスリに狙われないようにホームの後ろの壁にくっつくように立っているので、え?ええ??と思っているうちの出来事でした…

線路を覗き込んで助けようとする男性や、電話で救急車を呼んでいるであろう女性、でも私はこわくて何も動けなくて、近くで泣き出しそうな女性の肩をなでることしか出来なかった。

女性の運転手さんが電源の落ちた電車のドアを手で開けて、乗客をおろして、私もその人の流れにのってとりあえず地上へ。

オペラの駅はたくさん路線があるから、他の線で乗り継いで帰ることも出来たけど、とてもじゃないけど電車には乗れなかった。

言葉も分からないし、本当にひとりぼっちだと思った。

フランス語でトラベル会話が出来るようになったくらいでは、ハプニングには全く対応出来ないし、ただただ自分を保つ事だけで必死でした。

日本は早朝なのに、声を聞きたい!って友達に電話して、泣きながら深夜のパリの街を歩きました。

もう誰でもいいから、抱きしめて欲しいとすら思いながら…

帰ってからもこわくてこわくて、どうしよう…と思っていたら、たまたま連絡を取り合っていたウィーンにいる友達にまだ返信をしていなくて、返信とさっきあった事を書いたら、朝方まで色んな話をしながら付き合ってくれてました。

本当、友人達のおかげでなんとか朝を迎えられました。

神様はどうして私にこんなにも生死というものを突き付けてくるのだろう…

それもパリでまで…

バウが亡くなり、この旅に出る直前には父が入院し、もう本当に少しの間でいいから穏やかな時間を過ごしたいと思っているだけなのに。

それからは電車に乗れなくなってしまって、普段からパリではかなりの距離を歩いてはいるのだけど、行ってみようかなと思っていた場所へはさすがに電車じゃないと遠くて行けずじまいでした。

私はお母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、バウも、みんな病気で亡くしているから、ある程度覚悟も出来て、時間もあったし、そういう死を間近で見てきた。

だけど、死とはこんなにあっけないものなのか…と、それは普通に日常の中にあって、オペラの駅での出来事はその人にとっても転んだだけのハプニングだったのかもしれない。

それなのに、その瞬間まで生きていた人がそうでなくなるんだと思うと、分かっていたつもりだけど、マレーシア機の事と言い、いつ自分がその立場になってもおかしくないんだと思った。

そういう事があったのも大きいけれど、それ以前からなんだか今の私にはパリという街は違うなぁと感じる日々だったなぁ。

それでも、パリの街はきっとまた私を呼ぶんだろうけど[みんな:07][みんな:08]

ただ当分いいかな…[みんな:09]

とにかく早く日本に帰りたい。

みんなに会いたいなぁ。



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