出逢いは春の木漏れ日の中。


自宅の裏庭に歩いてきた、学校帰りの小学生・更紗さらさは、庭木の暗い陰に立つ人影を見付けて、立ち止まった。


恐る恐る近付いてみると、それは背の高い金髪の若い男だと判った。


端正な顔立ちの、すらりとした瀟洒な背広姿の、年の頃、二十代前半くらいの男である


純日本家屋の裏庭には不釣り合いな白人だったが、更紗は驚かなかった。


と言うのも、更紗の母親はアメリカ人だったからである。


「こんにちは、お嬢さん。」


友好的な柔らかい物腰で話し掛けてきた男に、更紗は少し怯んで後退りしたが、


「お母様のお友達?」とおずおずと尋ねた。


「そうだよ。とてもとても古いお友達だ。」


若者から出た、とてもとても古いという、少し年寄りめいた表現に違和感を感じつつも、更紗は小さく頷いた。


「警戒させたかな?」男は微笑を湛えたまま話を続けた。


「私はテオス。お嬢さんは?」


「更紗…。お母様ならお家の中に居ます。」


「ありがとう」と礼を言ったテオスは、「だが、」と続けた。


「もうお母さんとの用事は済んだんだ。出来れば私は、君とお話がしたいな。」


出会ったばかりの見ず知らずの大人の男から、話したいと言われ、更紗は少し躊躇ったが、若干の好奇心が勝った。


「更紗と言ったね。綺麗な名前だ。」


コクりと頷いたまま固まっている更紗。


「どうやら君は恥ずかしがり屋さんらしい。」テオスは笑った。


男の言うとおり、更紗は人見知りの気弱な少女だった。


勇気を振り絞って次の言葉を継ぐ。


「…テオスって、何処の国のお名前?」


「ギリシャだよ。判るかい?」


コクりと頷いて、更紗は「どんな字を書くの?」と訊いた。


テオスは庭に落ちていた枝木を拾うと、地面に文字を書いて見せた。


それは更紗にとっては奇妙な形で、一文字すらも読めなかった。


暗い陰のせいもあった。


更紗は日向で見てみようと、体の位置を移動させた。


すると一瞬、テオスは素早く腕を動かし、何かから隠れるような仕草をした。


「済まない、出来れば、もっと陰の方へ来てくれるかな?私は太陽の光が苦手なんだよ。」


訝しげに首を傾げた更紗に、男は皮膚の病気だと説明した。 


「光線過敏症と言うんだ。太陽の光で皮膚が焼けて、死んでしまうのさ。」


初めて聞く病に、そんな恐ろしい事があるのだと更紗は驚き、慌てて木の真っ暗な陰の中に飛び込んだ。


「ありがとう。君は良い子だね、更紗。」


「貴方が死んでしまったら大変だもの。」


テオスは重ねて礼を言い、


「君は賢いね。それにとても美しい。」と更紗の黒髪の頭を撫でた。


美しいという表現に驚き、頬が火照るのを感じながら、どぎまぎして更紗は矢継ぎ早に言葉を発した。


「本当は黒い髪ではないの。お母様と同じ茶色。お祖母様が日本人らしくないから染めなさいって。お祖母様は外国の人がお嫌いだから。」


心臓がドキドキする。


更紗は全く余計な事を喋っていると自覚しながらも、転げるように自分を止める事が出来なかった。


「可哀想に。」漸くテオスのブレーキが掛かった。


「君のお祖母様は、少し困った人だね。君本来の美しさを否定するなど。」


また美しいと言った。


両手を広げて、肩を竦めるテオスに、更紗の頬は真っ赤になり、額には汗が滲んだ。


「お祖母様は悪くないの。お母様に似た私のせい。でもお母様も悪くはないの!」


更紗はしどろもどろになりつつも、祖母と母を庇った。


丁度その時、「只今、帰りました。」と正面玄関の方から、溌剌とした少年の声が響いた。


天の助けとばかりに、更紗は振り返り、「お兄様だわ。常志じょうじお兄様が帰ってきた。」と言った。


更紗より一つ年上の兄が小学校から帰宅したらしい。