私自身が当事者の建物賃貸借契約に際し,見過ごせない不動産業者の行為を経験したので,このことを今回は法的に深堀りしてみたいと思います。

 

エピソード

私は,先日,不動産業者に仲介を頼んで一軒家の賃貸借契約をしたところでした。
これに付随して同じ敷地内の駐車場の賃貸借契約の仲介も依頼したところ,さっそく封筒が届きました。中を見ると,貸主と仲介業者の印鑑が既に押された状態で,賃貸借契約書が2部入っていました。内容を確認すると,「仲介業者に所定の更新手数料を支払う」との条項が入れられていました。この点に関し,業者から何の説明もありませんでした。

私は駐車場の賃貸借契約の仲介は依頼したけども,更新契約の仲介までは今回依頼していないので,その条項に二重線を引いたうえで署名押印して1部を返送しました。

そうしたら,(案の定)不動産業者から更新手数料条項を削除されると困るとの電話が入りました。それでも私は断ったところ,その不動産業者は

「(賃貸借)契約ができなくなってもいいのですか」

と私に圧力をかけてきました。

 

これと似たような事例は、実際によくあると思うので,この不動産業者の問題点を法律的に検討してみたいと思います。

 

※「更新手数料」と「更新料」は違います。

 更新料は,更新の際に賃貸人に対して支払うものです。

 今回は仲介業者に対して支払う媒介報酬である「更新手数料」が問題となっています。

 

問題行為の抽出

何の説明もなく更新手数料条項を入れている点

これってよくある手口ですよね。本来,更新の仲介(=媒介)も依頼するのかどうかを確認し,私から更新時もお願いしますとの回答を得てから入れるべき条項です。
一般の方は,契約書に更新手数料条項が入っていると,これは断ることはできないものだと思ってそのまま押印しちゃいますよね。
でも,賃貸借契約の媒介を依頼したからといって,更新の媒介を依頼する義務があるわけではありません。更新の媒介を依頼するかどうかは任意です。

賃貸借契約の媒介と(通常数年後に行う)更新の媒介は,法的に別ものだということに気づかないと,この契約書にやられてしまいます。

更新の媒介は依頼しないことを伝えた私に対して,賃貸借契約の成立を妨害することをほのめかしてきた点

これは法的に問題のある行為ですので,以下検討します。

 

賃貸借契約と媒介契約の区別

本題に入る前に,まず,今回の契約書の「仲介業者に更新手数料を支払う」との条項は,私と仲介業者との間の(更新の)媒介契約に関する条項であり,私と貸主との間の賃貸借契約の条項ではないという点を押さえておきたいと思います。
つまり,今回のような契約書は,貸主と借主を当事者とする賃貸借契約と,借主と仲介業者を当事者とする媒介契約という,二つの契約が存在しています。
 
こういう場合でも,それぞれの契約に分解して別個に検討すれば大丈夫です。賃貸借契約と媒介契約との間には,例えばクレジットカード契約のような密接な関連性はないからです。二つの契約を,便宜上,一枚の紙に表現しただけにすぎません。

したがって,更新手数料条項をのまなかったからといって,私と貸主との間の賃貸借契約には何ら影響はなく,賃貸借契約が成立しないということはありません。
 
(さらにいうと,今回は,①賃貸借契約,②賃貸借の媒介契約,③更新の媒介契約の3つの契約が入っていました。これらは同一書面にする論理的必要性はありませんので,それぞれ別の契約として交渉可能です。)

 

更新手数料条項を削除したことの法的意味

そもそも私は更新契約の媒介依頼は今回していません(依頼をしたのは賃貸借契約の媒介だけです)。
そこで更新手数料条項を削除しました。
この行為は,仲介業者からの更新の媒介契約の申込みに対し,私がこれを断ったものと評価できます。
私が更新の媒介契約を断ったのは,この駐車場契約は,1年更新と期間が短く更新が頻繁に発生し,金額も1区画月5000円程度のものでしかないので,私は自分自身で契約の更新をすれば足り,わざわざ仲介業者にお金を出してまで更新の媒介をしてもらう必要はないと感じたからです。
 

今回の不動産業者の行為の法的問題点

「取引の公正を害する行為」として行政指導の対象となる

今回の不動産業者の行為は,「取引の公正を害する行為」にあたり,監督官庁の行政指導の対象となる考えられます(宅建業法65条2項)。
 
「取引の公正」とは,宅地建物取引が公平かつ適正であることをいいます。
文献によれば,「宅建業者が契約当事者を対等に扱い,契約当事者の一方に偏せず,又宅建業者が自己に有利で相手方に不利となるような契約内容を押し付けることなく,公平でかつ適正な取引を実現すること」とあります(〔三訂版〕「逐条解説宅地建物取引業法」45頁)。
今回行われた行為は,私の更新の媒介契約をしない自由を侵害し,不動産業者に有利な契約を押し付け,従わない場合には賃貸借契約への妨害を示唆する行為にほかならず,「取引の公正を害する行為」に該当することは明らかだと思われます。
 
(なお,本来,駐車場の賃貸借は宅建業法の適用外ですが,今回の駐車場は建物の賃貸借契約に付随し私が建物を利用するためには必要不可欠で,建物取引と密接に関連するため,「業務に関し」に該当し,本条の適用があるものと考えます。)
 

信義誠実義務違反

今回の不動産業者(の宅地建物取引士)の行為は,「宅地建物取引業者は、取引の関係者に対し、信義を旨とし、誠実にその業務を行なわなければならない」とする宅建業法31条に違反します。
さらに,宅地建物取引士であれば,「公正かつ誠実に」事務を行わなければならないとする宅建業法15条にも違反します。


債務不履行又は不法行為,不正又は著しく不当な行為

今回はまだそこまでいっていませんが,実際に駐車場の賃貸借契約の成立を妨害されたことにより損害が発生した場合には,債務不履行又は不法行為になりますし,「宅地建物取引業に関し不正又は著しく不当な行為」に該当し営業停止の対象にもなり得ます(宅建業法65Ⅱ⑤)。

 

威迫はどうか?

行為自体は十分「威迫」にあたると思いますが,駐車場の契約は「宅地建物取引業に係る契約」には該当しないので,宅建業法47条の2第2項の違反にはならないかと思います。
ただし,これが建物自体の賃貸借契約について行われた場合には,同条項で禁止されている「威迫」にあたると思われます。

 

宅地建物取引業「に係る契約」とは宅地建物取引業「に関する」よりも宅地建物取引業と直接的な関係にある契約をいい,宅地建物の売買・交換の各契約,売買・交換・貸借の代理,媒介の各契約を指す(〔三訂版〕「逐条解説宅地建物取引業法」843頁)。

 

私が条項を削除したうえで契約書に押印するという行為に出た理由

今回の賃貸借契約書は,貸主と仲介業者の印鑑が既に押された状態で2部,私のところにきました。仮に押印せずに更新手数料条項を削除して欲しいと交渉すると,まだ賃貸借契約成立の証拠がないので,じゃあ賃貸借契約自体をとりやめますと言われたときに,建物の利用上私は大変困ります。

そこで,更新手数料条項のみを削除したうえで押印し1部を不動産業者へ送りました。
そうすれば賃貸借契約成立の証拠を固めたうえで,更新媒介は依頼しないとの交渉が可能になると考えたからです。

 

では,賃貸人や仲介業者の押印がない状態で送られてきていたら,どうしていたでしょうか?
その場合でも,更新手数料条項に二重線を入れ,押印して2部送り返していたでしょう。その際,手元にコピーを残しておきます。
そうすれば,このコピーと交渉経緯を合わせれば,更新手数料以外は合意が成立していたことを立証することは十分可能であると思います。


不動産業者の契約の自由?

今回のように賃貸借契約は合意できているにもかかわらず,媒介契約の内容に難色を示すと,不動産業者はしばしば「じゃあ(賃貸借)契約をしません」という伝家の宝刀を抜いてきます。
この点については,

不動産業者も契約するかどうかは自由だ

という意見を見聞きすることがあります。

仮に不動産業者にも契約の自由があったとしても,それは業者自身が当事者である媒介契約についてであり,自己が契約当事者となっていない賃貸借契約に対してではありません。

むしろ,媒介契約上,不動産業者は,媒介対象となっている契約(今回ならば賃貸借契約)の成立に向けて努力する義務を負っています。

具体的には,善管注意義務,忠実義務,誠実義務などを負っているのです(準委任。民法644,宅建業法31Ⅰ)。

したがって,自己に有利な媒介契約の条件を押し付けたり,あるいは今回のように更新時の媒介契約を迫ったりして,それに従わない場合には媒介対象の契約自体を妨害する自由など不動産業者にはありません。媒介対象の契約を妨害する行為は、媒介契約の債務不履行にあたります。

そして,このような妨害行為により損害が発生した場合には,債務不履行又は不法行為として,損害賠償の対象になると考えられます。

 

雑感

私は何も不動産業者を目の敵にしているわけではありません。
実際,駐車場の賃貸借契約の媒介に対する手数料は契約書を送ってすぐに振り込んでいます。やっていただいたことに対してはちゃんとお支払いをします。
しかし,駐車場の更新のようなケースでは,媒介とは名ばかりで,実態がありません。

媒介とは,宅建業法に定義規定はありませんが,他人間の法律行為の成立に尽力する行為で,仲介,あっせんともいい,法的性質は準委任とされます(〔三訂版〕「逐条解説宅地建物取引業法」73頁)
具体的には,媒介行為とは,相手方や物件の探索,物件情報の提供,広告,権利関係等の調査,現地案内,当事者の引き合わせ,物件等に関する説明,取引条件の交渉・調整などいいます(大阪高判昭34.3.26)。
駐車場の更新は,通常,決まった金額を同条件で更新するだけであり,具体的に不動産業者が行っているのは契約書の日付を変えてるだけです。上記媒介行為にあたることは何も行っていません。
私は実際には媒介をしていないんだから,お金は払えないと,こう申し上げたいだけなのです。
 
それでは,また!!
 

参考