(関水金属・創業者で、代表取締役会長・加藤 祐治さんの遺作となった、Nゲ-ジ・80系300番台 飯田線 4両セット・10-1384(上)と、6両セット・10-1385(下・いずれも、KATO)
日本のNゲージ鉄道模型のパイオニア 株式会社・関水金属の創業者であり、代表取締役会長を務められた、加藤 祐治さんが、今年の11月21日で逝去されてから、5回忌を迎えます。
1927年(昭和2年)12月3日・東京都 世田谷区の、加藤金属工芸社の経営者の長男として生まれた、加藤 祐治さんは、戦後・1949年(昭和24年) 東京都・千代田区・神田須田町にあった、交通博物館(現・鉄道博物館)主催の、鉄道模型コンクールにて、HOゲージの車両が入賞したのをきっかけに、世田谷区の加藤金属工芸社から独立し、1957年(昭和32年)8月・東京都・文京区・関口2丁目(当時・関口水道町)に、有限会社組織として、関水金属彫工舎(現・株式会社 関水金属)を設立して創業し、HOゲージの台車枠などの部品を製造し、当時の鉄道模型メーカー(アトラス工業・天賞堂・株式会社 カワイモデル・カツミ模型店(現・株式会社 カツミ)・つぼみ堂模型店・あかね・トビー(すでに廃業した鉄道模型メーカー)など。)へOEM供給をしたとのことです。
1962年(昭和37年)現在地の東京都・新宿区・西落合1-30-15番地に、関水金属彫工舎(現・株式会社 関水金属)を移転させた、加藤 祐治さんは、世界で最初の発売になる、Nゲージ(9mmゲージ)の鉄道模型をアーノルト・ラピート社によって発売されたこと聞きつけ、同社から、Nゲージのレールを取り寄せ、自作した、TTゲージと比較・検討した結果、これからの日本の鉄道模型はNゲージであるという結論に達したのでして、1964年(昭和39年)に、最初の製品である、C50形・蒸気機関車と、オハ31形・オロ30形・オハニ30形の3形式からなる、オハ31形・ダブルルーフ客車の設計・製造を開始し、翌年の1965年(昭和40)年になり、同製品の発売に踏み切りました。
以来、日本のNゲージのパイオニアとして、多くの鉄道模型完成品車両製品を送り出していて、1980年(昭和55年)には、組立式レールの決定版「UNI TRACK ユニトラック」を発売するに至っていて、ユニトラックの充実と車両増産を図って、同年と1981年(昭和56年)にかけて、埼玉県・坂戸市と鶴ヶ島市に、関水金属 坂戸工場と埼玉工場を建設・操業していて、1997年・関水金属 埼玉工場の敷地内新館として建設され、現在も操業している、新金型工場は、耐震構造の建物として完成した工場であり、現在もウオームギア動力及びフライホイール動力ユニットを採用したモデルを、Nゲ-ジ・HOゲージの完成品として多く製造し、作りが良く日本国内だけではなく、海外の鉄道模型市場に送り出すという、鉄道模型専業の総合模型メーカーとして世界の鉄道模型市場を圧巻しております。
又、関水金属は、3次元 CAD/CAMシステムを鉄道模型業界では初めて導入した会社であり、現在もモデルの製品化に素晴らしい活躍をしておりますが、2024年には、ユニトラックのさらなる充実と車両増産をさらに進めることを図ることを目的として、同じ鶴ヶ島市に、新工場の建設・操業開始が予定されているとのことで、完成後の操業開始が期待されております。
1999年10月16日のオープン以来、大阪府・吹田市・豊津町12-15番地で長く営業してきた、関連会社の株式会社 ホビーセンターカトーが運営する、ホビーセンターカトー・大阪店が、3月10日の午後17時00分を持って閉店、京都市・下京区・東塩小路町901番地の、京都駅ビル・9階に移転し、KATO 京都駅店として、3月16日の午前11時00分にオープンした2016年、代表取締役会長であった、加藤 祐治さんは、体調を崩していて、東京都内の病院に入院し、療養生活を送っていました。
この時・KATOは、Nゲージ 飯田線シリーズ 165系800番台 急行「こまがね」4両セット(10-1334)と、急行「伊那」4両セット(10-1335)を、6月28日に同時新発売させるに至り、「KATO Nゲージ生誕50周年記念誌」を、ネコ・パブリッシングに依頼して、編集をしておりました。
又・2007年には、株式会社・関水金属(KATO)は、創立50年を迎え、2017年には創立60周年を迎えるに至りました。
2004年に関水金属・代表取締役社長を退任し、同社の代表取締役会長に就任した、加藤 祐治さんは、2014年2月22日、2012年11月25日から2014年2月16日まで店舗ビル建て替え及び、株式会社 関水金属(株式会社 カトー) 本社の新社屋ビル建設の為、同じ新宿区・歌舞伎町のビル内で仮営業をしていた、株式会社 ホビーセンターカトー・東京店(ショールーム)の再オープンの時に、新社屋竣工記念パーティーに出席・参列され、「出発進行」の合図で、鉄道模型列車が動き始め、HOゲージ「はやぶさ」が、花の
中を走り始め、ホビーセンターカトー・東京店の新店舗(ショールーム)での営業再開に花を添えました。
それが、加藤 祐治さんがお元気でいられた、最後のお姿となりました。
そして、5年前の2016年11月21日・株式会社 関水金属 代表取締役会長・加藤 祐治さんは、「KATO Nゲ-ジ生誕50周年記念誌」(ネコ・パブリッシング刊)の編集校了を見届けた翌日、88歳の米寿で逝去され、1927年(昭和2年)12月3日の誕生から、88年の生涯をを閉じるに至りました。
この年の11月28日に、KATOから、Nゲ-ジ・飯田線シリーズの1つとして発売された、80系300番台・飯田線(4両セット・10-1384 6両セット・10-1385)が、同社・代表取締役会長 加藤 祐治さんの遺作になりました。
ぼくも、1993年12月26日から、鉄道模型を再開するにあたり、オールKATO製品の
Nゲ-ジを採用して以来、KATO製品の虜として、今日まで、KATO製品のNゲージを買いそろえておりますが、それには、国内設計・国内制作に拘った、鉄道模型専業メーカーの、株式会社・関水金属(KATO)きちんと丁寧に製造販売する姿勢の努力の賜物といえるにほかにありません。
現在の株式会社・関水金属は、創業者で代表取締役会長・加藤 祐治さんの息子で、代表取締役社長でもある、加藤 浩さんが同社の経営にあたっており、同氏の陣頭指揮のもと、さらなる、Nゲ-ジ・HOゲージモデルの製品化に取り組む、鉄道模型専業の総合模型メーカーとして、さらなる躍進をして行こうしており、今後も、1993年12月26日から、28年間、KATOのNゲージを買いそろえ、今日まで愛用している、作りが良く、最も良い製品である、KATOのNゲ-ジをさらに買いそろえて、末永く愛用して行こうと想い、願っております。
株式会社・関水金属の創業者で、国際鉄道模型コンベンションや、鉄道模型コンテストを創設するなど、尽力をしてきた、同社・代表取締役会長 加藤 祐治さんのさらなるご冥福をお祈りすると共に、心からお悔やみ申し上げます。