母は、私を産んで
一度手放した。
娘である私は高輪の家で東京生活を大満喫。
正直、寂しさよりも楽しいのほうが大きかった気がする。
10歳?11歳?くらいで実家に戻って
やっと「家族」と暮らし始めたと思ったら
18歳で「アメリカの大学に行くから」と言って、また家を出た。
あのとき別れたのも、この駅。
帰国してからも海外出張ばかりの生活。
時間はあまりなかった。
ある日、電話で「癌になりました!」伝えた。
治療が落ち着いて、やっと先が見えてきた頃に
今度は「結婚します」。みんな大反対の中、結婚。
母は、何でも理屈で詰めてくる夫のことがちょっと苦手。
ヨーロッパに転勤のはずがシンガポール。
そのあと香港、広州、また香港。
やっと東京に戻ってきたと思ったら
また「癌になりました。癌研行きます!」
母が夫に「もうこちらで面倒見ますから」と言った時
夫は「大丈夫です、僕がみます!」と一言。
その話を聞いたとき、
少しだけ、母に申し訳ない気持ちになった。
こんなふうに振り回してばかりで、病気ばかりで
母は、私を産んで幸せだったんだろうか?って。
今週は実家から会社に通っている。
毎晩、二人で駅まで迎えに来てくれて
ごはんもお風呂もクリーニングも全部用意されてる。
50過ぎて娘やってる。
…完全にダメだと思います。笑
そんな甘々なゴールデンウィーク、後半に入りましたが夫が海外出張の為 このまま上げ膳据え膳を続ける予定です。←ダメ、絶対!












