「別にいつ死んでもいいや」
そう思っていた時期がある
実は世間じゃそんなに珍しい事じゃないみたいだけど
俺の場合は「じゃあ死ねよ」って言われたら死ぬかっつーと
わざわざ「痛い」のも「死ぬ」のも嫌な訳で(笑)
ただ、「死んだら、俺がいなくなる。ただそんだけの事」と考えていた時期が何年かある
小さい頃は一生懸命、笑って元気な子供をするようにしてたが 実は「人間」が嫌いだった
あまりにも下らないモノをたくさん見せられたからかもしれない
生まれて来た事すら嫌だった
大学で車の部活に入り
奨学金でどうにか学費を払っていた貧乏新入生に、先輩の一人が 親戚から廃車を頼まれていたオンボロをタダでくれた
それは、日に焼けて赤い塗装がすっかりくすみ
運転席のドアを開けて、シートに座ると
しょぼいプラスチックでできたコンソールと、内張りに貼られたセロファンが貧乏臭い匂いを放ち
キーを捻れば、安っぽい音と共に
切ないぐらいに弱々しいアイドリングで
ポンコツと言う形容がピッタリの車だった
初めて乗った時 鎖が一本外された感じがした
いろんな所へ行った
電車でも、他人の運転でもなく
自分の意志と、行動で
目の前に海が広がり
山がそびえ
谷合のせせらぎが、耳をくすぐり
深緑の涼風が、窓から出した腕を優しく撫ぜる
大学を卒業し
バイクに乗り出した頃
幾人かの友達と呼べる人はいたが
相変わらず 「人間、結局最後は一人」 という考えは変わってなかった
ある日
真冬の明け方にバイトが終わって、SRで20号を走っていた
まだバイク用防寒グッズなど知りもしなきゃ買えもしない貧乏バンドマンだった俺は
ジーパンにロングスリーブ、シングルのライダース
半帽被って マフラー顔にグルグル巻きで
信号で止まると自分の体にまとわりついた冷気が見えるぐらいの寒さ
ただ その頃はなぜかそんな寒さも 「脳が理解してるだけ」の事で 別に平気だった
ふと 頭上を見てみると、馬鹿みたいに綺麗な「満月」が居た
空気は白く、雲が全くない空に「彼」だけが居て
ぼんやりと輪郭に霞がかかったあまりの見事さに
信号が変わったのにも気付かずにいつまでも「ボケ~」っと眺めていた
なぜか その日の事を忘れる事が出来ず
それから満月を意識するようになった
わざわざ見に外に出る日もあったし
首都高行って走ってたら ふと横に居て 「よお」なんて挨拶する事も
その内 「自分も満月のようになりたい」と思うようになった
昔から変わらず「そこ」に居て いつでもこちらを見ててくれる
何か要求して来るでも、押しつけて来るでも無く 居る事すら忘れていても文句も言わず
何かある時に見上げると 相談するでもないのに
何回救われたかわからない
あれから数年、俺の頭の中も随分マシにはなった
「まさか、そのためにあるんじゃねーだろうな?」
一度考えた事がある
でも そんな理由でもイイのかもしれない
(初出"ブチ抜き日誌" 2005.9.10 一部加筆修正)
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