すっかり続きが遅くなってしまった。待っていた方(いればですが)申し訳ありません。
最後に残った問題提起は、私募ファンドにおける金融系と不動産系による対応の相違、あるいは私募ファンドにおける人材として金融系と不動産系の相違という議論である。この質問の裏にある問題意識とは、私募ファンドにおいては不動産系の人員が少ないため、あるいは意思決定権者の多くが金融系であるために、私募ファンドは不動産の長期的視野に立った、価値向上に資する投資が十分行われなかったのではないかということだろう。
もっとも率直に言って、私募ファンドの人員構成に占める金融系と不動産系の比率、あるいはその中でも意思決定者における金融系と不動産系の比率について明確なデータというのはないと思われる。
現実には私募ファンドといっても多様である。国内の大手不動産会社系のものもあれば、金融機関系(主に海外の金融機関)もの、そして独立系に分けられるだろう。ここで多分指摘されているのは金融機関系(主に海外の金融機関)と独立系において、目立つ企業のトップを務める人材が国内の不動産会社出身ではないことが多いことから、こうした印象が強いのではないだろうか。
しかし私募ファンドの意思決定については、前回述べたように、どちらかと言うと私募ファンドの投資目的や投資期間によって大きく左右されるため、意思決定者の出身業界によってそう大きく左右されるものではないと考えている。
ただその中では、国内の不動産会社系の私募ファンドの方が、長期的視野にたった投資を行う意思決定を行いやすいという面はあると思われる。これは親の不動産会社が国内で培ってきた不動産の価値向上策の実績を、投資家や金融機関に対して説明・交渉をしやすいという面があるからである。また国内不動産会社系のファンドの投資家や融資を行う金融機関は、主に国内の投資家や金融機関であることが多く、運用会社やその親会社との取引関係なども考慮されることから、説得がより容易だという面もある。更にこうしたファンドに運用会社や親会社が自らも出資することで、投資家や金融機関からの信頼を得ていると、説明ヤ説得も容易になるだろう。しかし、その一方でこうしたやり方は、私募ファンドのリターン向上の観点からは、説明が必ずしも合理的と言えなくなるリスクをはらんでいる。また、問題が発生すると、こうした運用会社及びその親会社は、金融機関や投資家から何らかの対応・負担を期待されるという側面がある。
これに対して、それ以外の私募ファンドの投資家は海外の投資家が多く、合理的にリターンやメリットが説明できない投資を実行することは極めて困難であると想像できる。だから例え長期的な視野での不動産の価値向上に結びつくとしても、投資予定期間のリターン向上に資さない投資はできなかったなずである。
さて本題である。金融系や独立系などのファンドにおいて金融機関出身者が多いのは、私募ファンドの運営には単に不動産の運営以外のファンドの経営のノウハウが必要なせいではないかと思われる。私募ファンドを経営するためには、不動産の売買や管理運営はもちろんだが、それ以外にも出資者の勧誘、ストラクチャリング、資金調達、情報開示、コンプライアンス、情報開示、総務といった不動産の取得・運営以外の要素を含めてファンドを経営することが必要になる。不動産会社の従来のビジネスでは、共同投資はあってもファンドという概念はあまりなかった。このためこうした不動産以外の経営に関する部分、例えばファンド組成時のストラクチャリング、投資家募集に伴う金商法対応やコンプライアンス、あるいは許認可取得や自主ルールへの準拠に関する金融庁や金融系の業界団体対応といった面では十分なノウハウがない会社が多かったと考えられる。私募ファンドという商品自体を組成・販売してこなかったので、こうした分野の専門家が育成されてこなかったのだろう。そのためにこうした点にも広汎に対応でき、不動産もある程度理解できる金融機関の出身者がトップとして重視されたということだろう。少なくとも私募ファンドが立ち上がった段階では、不動産業界の人材はこうした部分に十分習熟しておれず、対応しきれなかったということではないだろうか。
それでも国内の不動産会社系の私募ファンドでは、トップに不動産会社系の人材が多い。これは、運用会社の設立から親会社が仕切っており、親会社がファンドをコントロールし人材を育成したいと考えたため、トップだけでなく役職員全体が親会社からの出向などが多くなったからだと思われる。このため、外部から金融系の人材をヘッドハントするという考えはなかったのだろう。またどうしても不足する場合は、親やグループ会社の関連する部署からの出向や、親密な金融機関などに出向を依頼することができたため、対応してこれたからだと考えられる。
残念ながら、どちらが正しかったかという点は明確にならなかったと思われる。金融系あるいは独立系の私募ファンドの多くは、担保価値の下落により目先の資金の回収だけを重視することで、資産の価値を棄損してしまった。一方で不動産会社系は一定の投資を行ったものの、こちらも資産価値が下落し、投資家や金融機関からの要求で親会社が追加出資するなど、ファンドの本来の想定とは必ずしも一致しない対応によって生き延びた感がある。こうした既存の取引関係を重視する手法がグローバルな運用の世界で通用するものなのかは、疑問と言えよう。
ちなみに、こうした不動産系や金融系という切り分けをしたがるのは、ある意味日本に固有のものという気がする。日本の不動産会社は原則として自己資金で投資を行い、借入以外に外部の投資家からの資金調達を原則として行ってこなかった。これに対して米国では、開発事業は知り合いの富裕層(最近ではこれに加えて機関投資家)から資金を集めて投資することが一般的であるため、そもそもストラクチャリングや投資家対応に慣れている。また日本では金融機関は専業信託銀行を除き、原則として不動産事業に関与できなかった(今も原則できない)。このため金融機関と不動産会社の間の人材交流が極めて少なかった。そうした中で金融機関の融資は、個別不動産の中身を詳細にみると言うよりは、会社全体の財務状況と不動産の担保価値に重点を置いたため、金融機関は長期的視野の投資の是非などを詳細に評価する必要があまりなかった。これに対して欧米の金融機関にはこうした制約がない。このため、例えば米国の金融機関は開発事業の融資では、資金使途を個別の工事毎にチェックする機能を持っている。また投資銀行にとっては企業や機関投資家の不動産に関する施策(要は最近はやりとなっているCRE)に関して、それに伴う会社の資金調達やIRなどの観点等からのアドバイスを総合的に行い、その結果必要なら不動産売買の仲介を行うことが投資銀行の普通の業務の中に位置づけられてきた。このため投資銀行の中にはこうした不動産に関するアドバイスや仲介などを手掛ける不動産部門が普通に存在しており、こうした分野の人材と不動産分野の人材の交流が当たり前に行われてきた。その後90年代後半から投資銀行は自ら私募ファンドを立ち上げたことで、利益相反のある仲介業務からは撤退したが、今度は私募ファンドと不動産分野で人材交流が行われるようになったのである。つまり米国では不動産と金融全般を網羅できる人材が多く、不動産と金融の双方の業界にそれが相当数いるということだ。だからこうした切り分けは余り意味がないのである。
最後に残った問題提起は、私募ファンドにおける金融系と不動産系による対応の相違、あるいは私募ファンドにおける人材として金融系と不動産系の相違という議論である。この質問の裏にある問題意識とは、私募ファンドにおいては不動産系の人員が少ないため、あるいは意思決定権者の多くが金融系であるために、私募ファンドは不動産の長期的視野に立った、価値向上に資する投資が十分行われなかったのではないかということだろう。
もっとも率直に言って、私募ファンドの人員構成に占める金融系と不動産系の比率、あるいはその中でも意思決定者における金融系と不動産系の比率について明確なデータというのはないと思われる。
現実には私募ファンドといっても多様である。国内の大手不動産会社系のものもあれば、金融機関系(主に海外の金融機関)もの、そして独立系に分けられるだろう。ここで多分指摘されているのは金融機関系(主に海外の金融機関)と独立系において、目立つ企業のトップを務める人材が国内の不動産会社出身ではないことが多いことから、こうした印象が強いのではないだろうか。
しかし私募ファンドの意思決定については、前回述べたように、どちらかと言うと私募ファンドの投資目的や投資期間によって大きく左右されるため、意思決定者の出身業界によってそう大きく左右されるものではないと考えている。
ただその中では、国内の不動産会社系の私募ファンドの方が、長期的視野にたった投資を行う意思決定を行いやすいという面はあると思われる。これは親の不動産会社が国内で培ってきた不動産の価値向上策の実績を、投資家や金融機関に対して説明・交渉をしやすいという面があるからである。また国内不動産会社系のファンドの投資家や融資を行う金融機関は、主に国内の投資家や金融機関であることが多く、運用会社やその親会社との取引関係なども考慮されることから、説得がより容易だという面もある。更にこうしたファンドに運用会社や親会社が自らも出資することで、投資家や金融機関からの信頼を得ていると、説明ヤ説得も容易になるだろう。しかし、その一方でこうしたやり方は、私募ファンドのリターン向上の観点からは、説明が必ずしも合理的と言えなくなるリスクをはらんでいる。また、問題が発生すると、こうした運用会社及びその親会社は、金融機関や投資家から何らかの対応・負担を期待されるという側面がある。
これに対して、それ以外の私募ファンドの投資家は海外の投資家が多く、合理的にリターンやメリットが説明できない投資を実行することは極めて困難であると想像できる。だから例え長期的な視野での不動産の価値向上に結びつくとしても、投資予定期間のリターン向上に資さない投資はできなかったなずである。
さて本題である。金融系や独立系などのファンドにおいて金融機関出身者が多いのは、私募ファンドの運営には単に不動産の運営以外のファンドの経営のノウハウが必要なせいではないかと思われる。私募ファンドを経営するためには、不動産の売買や管理運営はもちろんだが、それ以外にも出資者の勧誘、ストラクチャリング、資金調達、情報開示、コンプライアンス、情報開示、総務といった不動産の取得・運営以外の要素を含めてファンドを経営することが必要になる。不動産会社の従来のビジネスでは、共同投資はあってもファンドという概念はあまりなかった。このためこうした不動産以外の経営に関する部分、例えばファンド組成時のストラクチャリング、投資家募集に伴う金商法対応やコンプライアンス、あるいは許認可取得や自主ルールへの準拠に関する金融庁や金融系の業界団体対応といった面では十分なノウハウがない会社が多かったと考えられる。私募ファンドという商品自体を組成・販売してこなかったので、こうした分野の専門家が育成されてこなかったのだろう。そのためにこうした点にも広汎に対応でき、不動産もある程度理解できる金融機関の出身者がトップとして重視されたということだろう。少なくとも私募ファンドが立ち上がった段階では、不動産業界の人材はこうした部分に十分習熟しておれず、対応しきれなかったということではないだろうか。
それでも国内の不動産会社系の私募ファンドでは、トップに不動産会社系の人材が多い。これは、運用会社の設立から親会社が仕切っており、親会社がファンドをコントロールし人材を育成したいと考えたため、トップだけでなく役職員全体が親会社からの出向などが多くなったからだと思われる。このため、外部から金融系の人材をヘッドハントするという考えはなかったのだろう。またどうしても不足する場合は、親やグループ会社の関連する部署からの出向や、親密な金融機関などに出向を依頼することができたため、対応してこれたからだと考えられる。
残念ながら、どちらが正しかったかという点は明確にならなかったと思われる。金融系あるいは独立系の私募ファンドの多くは、担保価値の下落により目先の資金の回収だけを重視することで、資産の価値を棄損してしまった。一方で不動産会社系は一定の投資を行ったものの、こちらも資産価値が下落し、投資家や金融機関からの要求で親会社が追加出資するなど、ファンドの本来の想定とは必ずしも一致しない対応によって生き延びた感がある。こうした既存の取引関係を重視する手法がグローバルな運用の世界で通用するものなのかは、疑問と言えよう。
ちなみに、こうした不動産系や金融系という切り分けをしたがるのは、ある意味日本に固有のものという気がする。日本の不動産会社は原則として自己資金で投資を行い、借入以外に外部の投資家からの資金調達を原則として行ってこなかった。これに対して米国では、開発事業は知り合いの富裕層(最近ではこれに加えて機関投資家)から資金を集めて投資することが一般的であるため、そもそもストラクチャリングや投資家対応に慣れている。また日本では金融機関は専業信託銀行を除き、原則として不動産事業に関与できなかった(今も原則できない)。このため金融機関と不動産会社の間の人材交流が極めて少なかった。そうした中で金融機関の融資は、個別不動産の中身を詳細にみると言うよりは、会社全体の財務状況と不動産の担保価値に重点を置いたため、金融機関は長期的視野の投資の是非などを詳細に評価する必要があまりなかった。これに対して欧米の金融機関にはこうした制約がない。このため、例えば米国の金融機関は開発事業の融資では、資金使途を個別の工事毎にチェックする機能を持っている。また投資銀行にとっては企業や機関投資家の不動産に関する施策(要は最近はやりとなっているCRE)に関して、それに伴う会社の資金調達やIRなどの観点等からのアドバイスを総合的に行い、その結果必要なら不動産売買の仲介を行うことが投資銀行の普通の業務の中に位置づけられてきた。このため投資銀行の中にはこうした不動産に関するアドバイスや仲介などを手掛ける不動産部門が普通に存在しており、こうした分野の人材と不動産分野の人材の交流が当たり前に行われてきた。その後90年代後半から投資銀行は自ら私募ファンドを立ち上げたことで、利益相反のある仲介業務からは撤退したが、今度は私募ファンドと不動産分野で人材交流が行われるようになったのである。つまり米国では不動産と金融全般を網羅できる人材が多く、不動産と金融の双方の業界にそれが相当数いるということだ。だからこうした切り分けは余り意味がないのである。