ここの部屋にてシャーロック・ホームズ関連グッズに関する紹介文がありなかなか面白かったので紹介。
<ルーペ>
ホームズがいつもルーペを持ち歩いていたのは、彼が現地調査を重んじる事の象徴である。《赤毛組合》で銀行の地下室に降りた時石畳の間の隙間を数秒間調べて立ち上がったのなどは実際に何かを探したわけでは無さそうだ。マイクロフトが『レンズをのぞいて這いまわるのは不得手だ』と言ったのは、彼が安楽椅子探偵である証拠なのだ。さりとて現地調査だけに頼ることなく思索やカンを兼ね備えている所がホームズの強みである。《ショスコム荘》で警視庁もやっと顕微鏡の重要さに気付いたという道具軽視の時代のことだった。
<バイオリン>
少なくとも500ギニ(現在の約650万円)の値打ちがあるストラディバリウスをホームズはトテナム・コート街のユダヤ人の質屋で僅か55シリング(3万円強)で手に入れた。今なら700万円くらいはする品である。ホームズの第六感はこのバイオリンその他による音楽によって磨かれたのであろう。彼は理性だけの人間という風に誤解されているが理性だけでは探偵として充分でなく鋭いカンを必要とする。カンは自然や美しいものと接することによって培われた感性によって養われる。したがってバイオリンもそのためには重要な役を担っている。
<汽車>
ホームズは汽車で旅行するのが嫌いではなかったらしくいとも気軽に駅に駆けつけるのだった。列車の中では何をしていたのだろうか。《ボスコム谷の惨劇》では新聞を沢山持ち込んで読み散らし、ノートをとったり考え込んだりしていた。『ベトラルカ詩集』の文庫本を読んだのもこの時のことだ。《白銀号事件》でも新聞の山に埋もれるが窓から電柱を数えて電車の時速を計算している。《海軍条約文書事件》では殆ど口もきかずに思索を続けているものの寄宿学校が見えると将来への期待を述べる。要するに彼らしさが列車内でも一貫しているのだ。
<犬>
ホームズ物語には沢山の犬が出てくるが、どうもまともな犬が少ないような気がする。《マスグレーヴ家の儀式》、《ぶな屋敷》、《バスカヴィル家の犬》、《這う人》、《ショスコム荘》などではむやみに人間に噛みつく猛犬が描かれている。《緋色の研究》に出てくるワトソンのブルドッグの子犬は引越しの時にどこかへ失踪してしまった。同じ物語で毒薬検定に使われるテリヤは死にかけである。
《四つの署名》のトビイと《スリー・コータの失踪》のポンビが僅かに追跡犬として役立って名誉挽回に勤めているに過ぎない。ドイルは犬嫌いだったのだろうか。
<コカイン>
ホームズは麻薬依存症だったといって軽蔑する人がいるけども、それは当時の事情を知らぬからである。ホームズ時代はコカインがヨーロッパへ強壮剤として紹介されたばかりの頃で勿論まだ麻薬に指定されてなかったし薬理作用も分からなかった。フロイトがコカインの薬理を初めて研究し、友人に飲ませたり自分でも愛用していたのが1884年の事だった。1890年にはコカインの抽出物が『悩みを吹き飛ばす薬』とか『運動家むけワイン』として売り出され、ゾラ、イプセン、スティーブンスン、ジョイス等も愛用者だった。
<化学実験>
ホームズがレトルトを使って真夜中じゅう化学実験を続けていたのは《四つの署名》事件のときだった。《踊る人形》でも恐ろしく悪臭を立てて実験をしている。彼は1892年頃にコールタール誘導体の研究もしていた。1828年に尿素合成に成功、続いてコールタールから石炭酸を分離してアニリンを作成したドイツ有機化学の進歩に驚いた英国はドイツのホーフマンを1845年から63年にかけてまで招いて王立化学大学をロンドンに設立した。その弟子だったパーキンが1856年に作った最初のアニリン染料や英国の化学ブームがホームズを化学好きにさせたのだ。
<ディアストーカー>
鹿射ち帽とインバネス、キャラバッシュのパイプがホームズのトレードマークになってしまったが原典には出てこないので、いずれもドイル以外の人による作り物である。《バスカヴィル家の犬》のイラストでも見られるようにロンドン市内で普通被る帽子はシルクハットだった。これがフランスに現れたのは1780年頃で大量生産の軌道にのったのは1825年というから割合新しい風習である。いずれにせよホームズ時代には山高帽、鳥射ち帽など何かを被る習慣があり英国からの帽子輸出は年に100万ポンド(100億円)に上った。
<パイプ>
自らも大のパイプ党であったホームズは《黄色い顔》でパイプの持ち主について推理した時に『パイプくらい持ち主の個性を示すものはない』と述べている。ホームズは黒くなった陶製パイプの他にもブライア、桜、と少なくとも3本のパイプを所有しており、多分陶製が思索用であり桜は議論用に使われていた。思索用と議論用とを分けて用いるところ等を見ると彼は相当几帳面で論争好きのうるさ型に違いない。キャラバッシュはまだ当時イギリスに輸入されていなかった。
<ガザジーン>
炭酸水製造器である。上のガラス球に炭酸ガスを出す化学物質を入れ下の球には水を入れておく。出来た炭酸ガスは下の球に入って水に溶けるので炭酸水ができる。《ボヘミアの醜聞》と《マザリンの宝石》でホームズはガザジーンのある場所をワトソンに教えて自由に飲んでくれと言う。当然その傍らにはウイスキーやブランデーの瓶が置いてありウイスキー・ソーダを作ることになる。《花嫁失踪事件》や《赤毛組合》ではホームズ自身もこれを飲んでいる。しかし彼はトカイ・ワインかクラレットの方を好んだようだ。
<ガス燈>
ロンドンにおけるガス燈の歴史は19世紀の歴史とほぼ重なっている。つまりその世紀初頭にペル・メルで初めて点火されて以来1886年から1900年にかけて普及した電燈にその地位を譲るまでガス燈がロンドンの夜を支配したのだ。《瀕死の探偵》ではガス燈を明るくするのに合図で使っているが《最後の挨拶》では電燈を消すことに変わった。ガスの街燈が描かれているのは《赤毛組合》《青いガーネット》《赤い輪》など2、3の作品に限られ小道具としては意外にもほとんど利用されていない。
<馬車>
子供向けの『ホームズ物語』に自動車に乗っているイラストを載せたものがある。しかしながらホームズがジェット機に乗ったりするのは、やはり興ざめでありどうしてもハンサムか四輪馬車でないとヴィクトリア朝の趣が損なわれてしまう。パカパカというひづめの音や車のきしむ響きが聞こえてくるのがホームズ物語の醍醐味の1つであろう。1891年の馬車運賃はベイカー街駅からチャリング・クロス駅まで16ペンス(現在の約800万円)であった。
ここの部屋はところどころに動物の飾りがあって可愛かった。