「サビエル記念聖堂」の陰と陽 | 「沖縄病」の楽しみ方…?

「沖縄病」の楽しみ方…?

空港に降り立った途端に味わうまったりとした空気感が好き…
「また来たよ…」とついニヤリとしてしまう…
先日戻ったばかりなのにもう次の訪沖のことを考えている…
そんなあなたの症状を改善? 助長? いたしましょうかね~

イメージ 1

(「サビエル記念聖堂は山口の象徴か?」から続く)


(山口は祝福された街…のような気がする)
ところで、上の山口盆地の略図を見ていただければ…
山口盆地を「掌」とすると、外周山から盆地内へ突き出ている「指」の部分に当たる「丘陵」が「5本」あります。
そして、その「5本の指」が抱いている箇所が、山口市庁舎です。
まるで、龍の手に抱かれている玉のように感じませんか?

この山口市庁舎を中心にして、西に「障子岳」~この南端には「熊野神社」が鎮座しています。
北東には「七尾山」で、ここには「野田神社」、「豊栄神社」そして「今八幡宮」が鎮座します。
南東には「天神山」で、ここには「古熊神社」が鎮座。
南には「姫山」~ここには前例のような「社」の存在はありませんが、大内氏時代「姫山城」が築かれており、悲しい民話が纏わっているなど霊的な場所です。

そして最後のひとつが、北に位置する「鴻ノ峰」です。
この山は山口の象徴山~風水で言えば北の「玄武」に当たる重要なポイントになっています。
更に、ここを守護するように鎮座している寺社が6社あります。
東から法聞寺、山口大神宮、多賀神社、高嶺神社、普門寺そして木戸神社です。

こうした顕山、寺社に囲まれた目出度い中心の位置にあるのが山口市庁舎であり、その山口市庁舎を懐に抱くようにして位置するのが「亀山」と云う丘です。


(その山口の街にとっては、異質な存在と気付くこと…)
このように祝福されたような自治体庁舎を、まるで睥睨するような位置に、単なる一異宗教の建築物が建立され、更にはその建築物が自治体の観光の目玉と持て囃されている、というのは尋常じゃありません。
実際に、亀山の頂上に立って山口の街を見下ろしてみると、この教会が街全体に対して「威圧的」なのがお分かりいただけると思います。

当時の昭和27年前後の世相を観ますと…
我が国はUNESCO(国際連合教育科学文化機関)、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)やILO(国際労働機構)への加入や、諸外国との講和条約の締結、そして国連への加盟要請など、国際社会への復帰を目標にがむしゃらに突き進んでいた時代にあったと言えます。
当時は何が何でも「国際化」が正当化されてきた様子が伺えます。
「日本文化よりは欧米文化」と云う抗えようのない時代の流れ~
その象徴が「サビエル記念聖堂」であるようで…

山口市の一大観光名所だからと、この半世紀の間ずっと無条件に有難がっていることが~
ちょっと不安になってきます。


…と偉そうな講釈を述べていますが、決して仏教界の回し者ではないので、念のため。


(以下、次号に続く…)



(既出)