私が子供だった頃、両親が離婚して家庭が崩壊しました。
当時私は4才であり父の記憶はほとんど有りません。
離婚の話し合いは難航し家庭裁判所の離婚調停へ持ち込まれたそうです。
そんな折も折、父の所へ再婚話を持ち込んだ女がいました、
まだ調停の最中だというのに。
「酷いことをする人がいるものだ」と直ぐに世間で噂になったようです。
その女には24才になる息子がいたのです。
この噂を聞いたその息子は「お母さんあんたは鬼か!!」と自分の母を罵り・・
その足で自転車を漕ぎ私の母の所へ誤りに来たのです。
当時母は30才だったそうです。
「まだ少年のような男が突然やってきて地面に手をついて誤るので、
何の事だか解らず、とりあえず家に入れてお茶を出して話を聞いた」
と母は話します。
「誰が悪いわけではない、どの道離婚になるのは決まっているのだから」
と彼を説得をして帰したのだそうてす。
次の日また青年はやって来て「子供さんに食べさせてください」と駄菓子と
かパンを置いていったそうです。
それ以来青年は時々食べ物を持って我が家に来るようななったのです。
その頃は女が仕事をする習慣が世間に無く収入を得ることは困難だったので
母はとても有難かったと話します。
ところが、子持ちの女の所に若い男が通うものだから、そのうち近所の噂に
なってしまったそうです。
母は青年に言いました。
「貴方は旧制中学を出た立派なひとだ。変な噂が立てば貴方の人生の汚点に
なるからもう此処には来てはいけない」と・・
青年はずいぶん落胆した様子で帰っていったと母は話します。
しかし、しばらくするとその青年は又駄菓子を沢山持ってやって来て、私を
抱き上げ母に言ったのだそうです。
「俺をこの子のお父さんにしてくれないか、それなら何の問題もない」と。
それから半年後母はその青年と結婚をしたのです。この純真な青年こそ私の
現在の父なのです。
その父が当時を振り返り言います。
「自分も子供の頃に両親が離婚し路頭に迷った。とても辛い思いをした・・
俺が頑張って幸せな家庭にしてやろうと思った。」
その父は今年86才です。
この人が純真な青年で無かったならば母と合うこともなく・・
母と夫婦になることもなかったのです。
そして又、私の人生も今とは違ったものになっていた事だろうと思います。
その父が 先月緊急入院しました。
危篤状態は脱しましたが状況は良く有りません。
寝たきり状態です。
いつ急変するかわからない状態なのです。
悲しくてなりません。
その当時、私は油絵で風景画を描いていたのですが・・・
油絵は描くのにとても時間が掛かるものですからね。
そこで家に帰ってからも絵が描けるように一眼レフを
買ったんですよ。
カメラでパチリと写しておいて、後でそれを見ながら
描くわけなんですよ。
ところがそのカメラの方にはまってしまって・・
写真現像にまで手を出していた時期がありました。
自宅に暗室を作り、現像機材も全部揃えるくらい
熱中していたのです。
その頃に写真の事でずいぶんお世話になった人がいました。
それは丸田カメラの親っさんです。
その人には色々教わりました。
プロですからね、
現像・焼き付けなど、全ての手順から機材の購入までずいぶん
お世話になったものです。。
当時45才ぐらいの人で・・私より年上なので親っさんと呼
んでいました。
まあ・・親分肌で親父っさんキャラの人だったんですよ。
親っさんは動物好きな人で、カメラ屋なのに熱帯魚の水槽
とかウミガメの水槽とかカメレオンとか・・・写真館というより
ペットショップのようなカメラ屋さんでした。
実際、いつも動物の話ばかりしていました。
こういう、何というか・・
親父っさんの、少し人並み外れたところが好きで ・・
懇意にしていたというか・・
お互いに気に入っていたのだと思います。
その親っさんが突然入院したのは、彼が47才になった
年でした。 初めは胃潰瘍と聞いていたのですが・・・・・
「一年は持たないだろうって言われたのよ。本人には話して
いないから、言わないでね。たぶん気が付いているとは思う
けど・・・」
奥さんはそう言って涙ぐんでいました。
その後自宅で療養したいとの事で、彼は退院して・・・調子
の良 い日は店に出て仕事をしていました。
そんな親っさんを見ていると、一年ぐらいしか生きられな
い人のようには見えませんでした。
私は勤めて病気の事には触れず、普通に接するようにして
いたのです。
そんなある日のこと、私は親っさんにこんな話をしました。
「あのね・・・斐伊川にはモロコが生息しているんですよ。」
「あれは、琵琶湖にいるやつだろ。この辺にはいないだろ。」
「そうなんですけどね・・・琵琶湖で取った稚鮎を放流して
いるでしょう。それにモロコの稚魚が混じっているみたいで、
小さい釣り針でね・・・食パンを餌にして簡単に釣れるんで
すよ。」
「へーえ、そうなの・・・見てみたいなあ。」
「行ってみます??」
「行きたいねえ、行こうよ」
「ねえ奥さん・・・どうですかねえ。」
「体調さえ良かったら・・・気晴らしにはなるわよね。」
私は近所のペットショップの店主にも誘いをかけて・・
おやっさんの奥さんと息子さんと私と私の娘と・・・・
ワゴン車を手配して社員に運転を頼みました。
当日の朝・・・
その日は親っさんの体調はあまり良くなかったようですが、
「どうしようかしら・・本人がどうしても行きたいって言うし・・・」
奥さんは少し心配そうでした。
「行きましょうよ。そのほうがいいですよ。」
「そうね・・・いかなかったら心残りになるし・・・」
去年キャンプしたその場所までは車で一時間かかりました。
そこは砂防堤になっていて川の水が一部せき止められ緩や
かな流れになっています。
川縁にシートを広げてピクニックのような雰囲気で穏やかな
一日を過ごしました。
対岸の林から小鳥の鳴き声がして、それが耳に心地よくて・・・
陽光を川面がキラキラ反射して、それが目にやさしくて・・・
モロコが跳ねると水面に光の輪が広がって・・・
親っさんは持って来たエヤーレイション付きの水槽にモロコ
を入れています。
「飼うんですか?」
「うん、書斎のテーブルの上で飼ってやろうと思ってな。ちょう
どいいサイズの水槽が有るんだ。」
親っさんは手振りで説明します・・・楽しそうです。
そんな親っさんを・・・奥さんがしきりにカメラで写していました。
「こんな楽しそうな主人は久しぶりだわ。」
その頃には親っさんの顔色もだいぶ良くなってきたようでした。
「空き瓶君、今日はありがとう。確かにモロコがいたねえ。良か
った、良かった・・・安心したよ・・・本当に安心した。」
親っさんはじっと私を見つめて、意味深そうにそう言いました。
私は心の中を見透かされているような気持ちになって思わず
視線を川の方にそらせました。
ゆっくりと流れる川面は私の不安を写しているかのように・・・
黒々と深く枯葉を巻き込みながら流れています。
あの枯葉のように・・・誰も・・・誰も逃れられない・・・
誰もが死ぬのです。
若かろうが年寄りだろうが・・・
お金があろうが無かろうが・・・
人は、かならず死ぬのです。
それを自覚すれば・・・
それを身近に感じれば・・・
生き物は愛おしい・・命あるものは美しい・・・
はかない定めだからこそ命あるものは美しく、愛おしいのです。
親っさんのモロコを見つめる目は優しさに満ちていました。
お子さんを見る目も、奥さんを見る目も、私を見る時でさえ優
しさに満ちた目をしていました。
・・・・良かった・・親っさんを連れてきて本当に良かった・・・・
それからまもなくして、親っさんは亡くなりました。
書斎のテーブルの上のモロコを残して・・・・・
奥さんや子供や・・・
この世界すら残して・・・
親っさんは去って行きました・・・
それは親っさんの48才の誕生日の、前の日の朝の事でした。


