私が嫌なことを考えどんどん負のスパイルに落ちいってしまうことの根本原因は一言でいえば、
「心ここにあらず」という状態が普段から日常化しすぎているの為ではないかと思います。

 

食事している時、
ギターを弾いている時、
ウォーキングしている時等々でも、
そして何をしている時でも、
日常のほとんどの時間ぼーっと考え事をしている気がします。

 

逆に言えば考え事に没頭しているということでしょうが、
結局それが良くないようです。

以前は嫌な事思い浮かんだら、
それを打ち消すような楽しいことを思い浮かべれば良いなどと思っていましたが、
中々うまく行きませんでした。

 

やはり嫌なこと思い浮かんでる時に自分の意志の力で強制的に楽しいこと考えようとしても無理なのかもしれません。

 

でも、ある時気付いたのですが、
そんな過去の出来事を思い出して怒りを感じている時は、
いつもとても肩に力が入っています。

 

たとえば私の場合、
食事中に嫌なことを思いだしイライラカリカリしながら、
肩に力を入れ肩を怒らせながら、
食べている状態になっているという辛い状態の時がとても多くあります。

 

でもまず、そんな時は、
兎に角そんな状態になっている自分に客観的に気付くことです。

 

そして、肩の力を意識的に抜いて、
こんな嫌なこと考えても疲れるだけで何もいいことないのだからと自分に言い聞かせて、
何も考えずボーッとしていようと思うことです。

 

そうすれば徐々にですが、その怒りが収まってきます。

 

そして今食べていることに意識を向けるようにして、
箸で食べ物を取っていることを意識したり、
食べ物を噛んでる瞬間を感じたり、
食べ物の味を感じる事に意識を向ければ、
心ここにあらず状態を徐々にですが、是正することができます。

 

ギターを弾いている時なら、
弦を弾いている指先の感触を感じたり、
弦を押さえている指に集中したり、
ギターの音色に耳を傾けて音を感じたり、


歩いている時なら、
その時の景色や鳥のさえずりに耳を傾けるようにして、
その時に感じた感覚を意識的に感じるようにすれば良いと思います。

後、私の場合普段から肩の力を抜くことを意識するのも重要な気がします。

 

肩を怒らせるという表現がありますが、
人は怒りを感じると自然に肩に力が入ります、
逆に言うと過去のことを思い出して怒りを感じそうになったら、
意識的に肩の力を抜くようにすれば良いように思います。

 

人は中々肩の力を抜いた状態で怒りを感じるのは難しいのかもしれません。

 

過去の嫌なこと思い出して怒りを感じたら、
肩の力を抜いて、意識的に何も考えずボーッといていようと思い、
そして今現在のことに意識を向けようとする、
これをこれからもやって行こうと思います。

「心ここにあらす」を、
嫌なこと思い出してイライラカリカリしている状態に当てはめれば、


心が過去の嫌なことを感じた時に飛んで行ってしまっていて、
今に無い状態だと思います。

そして、過去のことでイライラカリカリしている時に関わらず、
普段から「心ここにあらず」状態をできるだけ是正するために、
過去に飛んで行ってしまった心を、
今に戻す練習をこれからも続けて行きたいと思います。

 

聖母の御子 カタロニア民謡 

 

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