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にほんブログ村  夜勤明けの朝私が着替えている時、その日日勤の人が入って来ました、挨拶も無く黙って不機嫌そうに乱暴にロッカーを開け鞄を掘り投げる様に大きな音をたて置きました、その後も私が着替えている間ずっと不機嫌で、本当に不機嫌極まりないという感じでした。


普通はそんな人を見ると「朝から気分悪いなぁ」等不快感を感じるものでしょうが、私は心の中で自分の恐怖感と戦っていました。


それはたとえばこんな感じです 私は心の中で「そんな事して私がビビると思ってやっているのだろうけど、一寸も怖くないぞ」と心の中で叫んでいた感じです。


実際は相手がそんな事をすると私が怖がると思ってやっていたのか、ただ単に機嫌が悪くそうしていたのかは解りません。


ただ単に機嫌が悪かったのなら、私の一人相撲と言う事になりますが。


でも今回私がはっきり意識出来た事は、私は人の不機嫌な態度にとても恐怖を感じると言う事です。


客観的に考えるとそんなに強い恐怖を感じるのも不自然で、やはりそれは幼少の頃の恐怖感だという気がします。


私の父親は機嫌が悪くなると、不機嫌に押し黙り「ムッす」として何も話さなくなり本当に不機嫌極まり無いという感じになり、物に当たると言うか物を乱暴に扱います、たとえばドアを乱暴に閉め大きな音をたてたり、持っているコップを勢いよくテーブルに置いて大きな音をたてたりと、機嫌が悪くなると父親が物に怒りをぶつける、大きな音がし出します。


そして、そんな父親に幼少の頃の私は、父親の不機嫌な顔を見ては恐怖を感じ、大きな音がするたびに「ビック」として恐怖を感じていたのを思い出します。


結局そんな記憶が自分の周りに不機嫌な人がいると心の中に呼び起こされ怖くなる様に思います。


不機嫌な人が目の前に現れ客観的考え、その時の出来事に不釣り合いな程の強い恐怖を感じた時、これは今の出来事に感じてる恐怖ではなく、過去の恐怖体験を呼び起こしているだけだと自分に言い聞かせる様にしなくてはならないと思いました。


そして、その無意識に感じる恐怖が仕方ないのならば、その恐怖だけでなくその過去の恐怖を感じた時の出来事や人迄も思い出せれば、今目の前にいる人の不機嫌な態度と自分の中の恐怖感が分離する事が出来、少しでも今目の前にいる人に感じる恐怖感が和らげれれるのではないかと思いました。

ギター.jpg  ギターはF タルレガの前奏曲第3番です、この曲もとても短い曲ですが、明るく楽しい小品です。                            

 少し左手の押さえが難しい面もありますが、良い練習になると思って弾いています。