今回のキーワード
『クレーター』
『標識』
『滑舌』











「オレはあの日から今日まであの時のことを忘れたことなどない。オレの代わりに牢獄に入っているあいつを救えるのはオレしかいねえんだ」

「代わり…?」

僕も北条さんも、関わった事件の死人たちはみな事故死扱いになっており、だからこそ僕らは捕まることなく今ここにいるのだが、西浦さんの関わっている事件には逮捕者が出ているようだった。

「なんか走れメロスみたーい!あるんだね今でも!」

川上さんはキラキラした目で西浦さんを見ている。対する西浦さんは忌まわしき過去に思考を巡らせており、彼の目にはそんな川上さんの姿は写ってはいないようだった。

「今、オレの代わりに牢獄に入っている純は、運が悪すぎたんだ」

「…すみませんが、詳しくお話しいただけますか?」

西浦はこくりと頷いたあと、一つ息を吐いた。

「あの日純はある男との待ち合わせに一緒に来てくれと言ってきた。その男とどんな関係で、どういう理由で待ち合わせしているのか、最後までオレには教えてくれなかった」

「えー、親友なのにー?」

「よほど言いづらかったんだろう。それでも俺は二つ返事でその頼みを受けた。純は人にものを頼むタイプじゃなかったからな。不安だったんだろう」

西浦さんは少しだけ遠い目をした。昔を懐かしむ時、人はこんな風に眉間にしわを寄せる。

「待ち合わせ場所まで純のバイクに2人で乗って向かっている道中、後ろから誰かにつけられている気がして、俺はそれを純に伝えたんだが気にしなくていいの一点張りでとにかくまっすぐに向かって行ったんだ。だが、指定された場所には誰もいなくてね。気がついたら、周りを数十人の男達に囲まれていたんだよ」

まるでアクション映画のワンシーンだ。そしてこの話の主人公は映画のような身体能力を持っている。僕は少しだけドキドキしてしまった。

「それで?それで?」

川上さんも同じ気持ちのようだ。

「オレはとても焦ったが、純は何もかもわかっていたかように落ち着きはらっていてね。何も言わずに純が持っていたカバンを下においたら、周りを囲んでいた連中はそのカバンに群がってきてくれて、その隙にバイクで逃げることができたんだが、連中がカバンの中身が空だと気付くと、一斉に怒号を上げて追いかけてきた。道の向こうからも追っ手が来ていて、俺たちははさみ打ちされてしまったんだ」

手に汗握るような展開になってきた。事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。

「そして仕方なくバイクから降りると純が、お前を連れてきたのは俺の最後を見届けてほしかったからだってオレに言ったんだ」

「え、どういうイミー?」

「よくわかんないけど、ヤバイ案件に足をつっこんで死を覚悟したんだろうよ」

この人は一体どんな人生を歩んできたのだろう。

「それを聞いたらな、オレもやってやるぞと思えてな。無我夢中で目の前の奴らボコボコにしてた。全てが終わった時にはバイクはもちろんガラクタになってたし、道にあった『標識』すらひしゃげてた。最中はそれすら目に入らないほど、必死に目の前の奴らを殺さないと自分が死ぬ状況だった。連中は全員ど素人だったけど、あれだけの数だとさすがにしんどくてな」

そう言いながら西浦さんがシャツをめくるといくつもの痛々しい痣ができていた。まるで『クレーター』のようにボコボコとしている痣は、激戦を物語っていた。

「そこで殺しがあったんですね…」

「ああ…」

「え、でもさ、それでなんでジュンちゃんが身代わりなのー?同罪じゃないの?」

僕もそう思った。何が起きたのだろうか?

「純は誰もやっちゃいない。本当に死ぬ気だったんだ。だけどオレはそうはさせないという一心であいつを守り続けたんだ。だが連中の中に裏切り者がいたのか、戦いの最中に抜け出してサツを呼んだやつがいてな。連中を全滅させた頃にパトカーがきて、中から出てきたおっさんが何か言ってたんだが、頭もぼーっとしてるし、舌ったらずで『滑舌』が悪いもんだから何言ってんのか全然分かんなくて呆然としてたら、純が俺の耳元でありがとうと言った後で、お前サツ呼びやがって覚えとけよ!って悪態をつきながらおっさんに羽交い締めにされながらパトカーに入って行ったんだ。あいつは自分がやったことにして、俺を守ってくれたんだよ」

「それがオトコってやつなのー?あたしにはよくわかんないけど、ジュンちゃんがそれでいいならいいじゃない?」

「確かにあいつが現場に俺を連れてこなければオレは人を殺さなくてよかったが、もしオレがいなければあいつは死んでた。どっちがよかったかなんて分からないけど、オレも純も罪を償わないといけないが、このままじゃあいつは1人で罪を被ろうとするだろう。最悪、終身刑だ。オレがちゃんと話をつけないといけないんだ。急がないと…」

「……。」

北条さんは西浦さんが話している間一言も発することはなかった。
何もかもお見通しだったのだろうか。
とにかくここまでで分かったのは、経緯はどうあれ僕らは3人とも殺意を持った経験があり、その殺意を抱いた相手の命を奪ったが、まだ逮捕されていない、ということだ。
そして最後の1人。

「なんか超すごい話ばっかりで頭パンクしそうなんですけどー」

「まあなんでもいい。最後に君が話してくれ。君は誰を殺したんだ?」

「え!ちょっと待ってよ!あたし誰も殺してなんかないから!一緒にしないで!」