できればひっそりのんびりと -13ページ目

できればひっそりのんびりと

だけど気にしながら生きるという選択をした私。そしてそれがこれからの私の生きる道。

おはようございます。
昨日郡山から帰ってきました。

今回の目的は
これ↓



2回目の甲状腺の検査。
前回から約2年。

今は避難した先で受けることもできるのだけれど
日にちがはっきりしないので変に学校がはじまってからだと
塩梅がわるいので郡山に行く用事もあったのもあり
前の週に電話で予約をとりました。



会場は前回と違って大きくてね。
でもって前回ほど混んでなくて、待ち時間もなくスムーズでした。

娘と同級生の子供たちは学校でうけているので来るのは避難組?
でも同年代のこはいませんでしたけどね。。。。


そのかわり
小さい子が、、、、ね。
きてるんですよ。

震災を経験してないんじゃないかな?
ってこどもたち。

親御さんに手を引かれて、、、。
なんかね、、、、
そんなのを見ているといろいろ思うわけですよ


この子たちは何の疑問もなくこれからこの検査をずっと受けていくわけですよ。
それこそ発育測定みたいに......
当たり前に。。。
福島から出ないならそれでもいいけれど
県外にひっこすとね。それが普通じゃないと知るわけです。
県外に行っても検査はうけられます。やっぱりどんな形であれ受けることは必要だと思うわけです。

でもその半面、納得はいかないけれども検査が受けられる環境なのは
まだいいのかな?と考えたりもします。

県を跨ぐだけで受ける制度のない子供たちもいます。
降り注いだであろうものに変わりはないのに。。。。。

受けるのは悔しいし、不本意だけれど
データ集めかなとか。。。。
異常があってもどうせ認めないだろうけど
とか。。。。いろんな考えも過ぎりますけれど
それでも。。悔しいけれどなんらかの形で見ていかないといけないわけですから。


何かねぇ。これはほんとロシアンルーレッとみたいなドキドキなんですわ。
前回の検査も決して安心できたものではなかったけれど
経年で不安がなくなるものではなく、成長する過程でずっと不安材料になるわけですよ
不安が増していくの。
堪らんよ。ほんと。

今回も増えてませんように。大きくなってませんようにとでかけたけれど
ほんと堪らない。

結果が来るまで2ヶ月、紙切れ一枚送られて来るだけ。
今はただ。なにごともなく「ただ送られて」来てくれることに期待してしまう。

あーあ。なんでこんなことになってるんだろうね。。。。。ほんと


今回も娘のほうが心配でね。エコーが長くてね。。。。
心配なんですよ。普段から大分だるそうにしてることが増えたしね


何かいろいろ書くととまらなくなりそうだからこの辺で

強制終了(>_<)










あの日、止まった我が家の電波時計。




押入れ全壊




反対側へとふっとんだ吊戸棚の中身。かろうじて助かった冷蔵庫



出にくい玄関・・・。




壁から外れた洗面台





ほんの一瞬。たった数時間の出来事。


我が家の今と昔の境界線。


確かにあったその時までの普通の生活。





この時はまだ頑張る気持ちはたくさんあった。


津波被害の方たちに比べたらなんてことない。


命があるだけめっけもの。


全然平気。



片付けたら進める。


そう思っていた。




実際はそんなことでは済まなかったけれど




家族の居所がわからずヤキモキした再会までの時。



何倍にも感じられる時間。


変に緊張して体が震える不安な時。





どうか今一度この時に



大切な人との避難経路と避難後の連絡の取り方を確認してください。




あの時、そしてあれからも


震災で旅立たれた多くの御霊に・・・・



心よりお祈り申し上げます。







ごぶさたしています。

あっという間に3月。すっかりのんびり更新になっています。

3月になり、息子もいよいよ明日、中学校を卒業です。

中学校への入学にあわせて避難してきて

知らない場所で誰も知り合いもおらず、

コミュニケーション力が低く、環境の変化にとても敏感な息子の

この3年間の頑張りは、私の想像するそれをきっとはるかに超えていたと思います。

本当によく頑張りました。

高等部も避難先であるこの地の学校に通います。

いろいろと多くの望みと欲wwと心配がありますが


それでもただ、つまるところ・・・・


この先も元気でいてくれればうれしいなぁ。って(笑)





話は変わりますが




ここ最近、立て続けに遠方の友人からメールが入ります。


子どもの体調のことで・・・・。

私は専門家でもないし詳しい専門知識も持ち合わせていません。

(大体にしてそういうことであればネットで調べれば

それはもう本当にたくさんの情報にめぐりあうことができます。)


ただ、聞くしかできないけれど

それでも誰にも言えない不安をのぞかせるメールをくれたりします。


距離の遠い近いではなく、共通の話題であればたとえ時差があろうとも連絡はとれるし

情報の共有もすることができます。


勿論私が不安なときは聞いてもらいます。


最近のもっぱらの心配は食事の事です。

以前にこのブログにも書いたと思いますが

私は原発事故の後、かなり多くの食材を使用しなくなりました。

それにはちゃんと理由があります。


(以前このブログに書きましたが。。。。)


そして今も我が家ではその多くは継続中です。



海外に住む友人たちは日本以上に敏感です。シビアです。

勿論それが当たり前だと思いますが・・・・。



離れているから平気。なんていうお気楽な気持ちはあまり持ち合わせていないように感じます。


カリフォルニアに住む友人は最近シーフードを食べる機会が増えた・・・・。と

確かにFBにアップされている写真はどれにもおいしそうナ魚介類が写っています。


自分で作るのであれば産地を確認して準備をすることができるそれも

外食だとそうもいかない。

そういうところに不安の元が転がる。

体調の変化の一つ一つに不安が募る。

そう、心配はどこにいても・・・・。なのだ




私は事故後、息子に体調の変化が出てから自宅で調理するもの魚介類はほぼ出さない。

時には産地表示を信じて出すときもあるけれど・・・・。


それでも子供たちの食事には出さない。

海洋汚染が相当ひどく、またいまだに解決の糸口さえなく、

糸口どころではなく、いまだ汚染し続けている現状で

海のものを食べさせる気には到底ならない。



気持ちだけのものではなく、ここにもちゃんとした理由がある。

子どもにおいしいものを食べさせたいのは食べさせたい。

でも、おいしいを与えると同時にリスクを与えるわけにはいかない。

私は思う以上に食に真剣なのだ。


避難前、、息子の血液検査で見た結果は私の中では納得いかなかった。


彼は免疫低下で相当病気にかかりやすくなっていた。

それまでほとんど病院には無縁の時を過ごしていたのにも関わらず・・・だ。


それは食とは関係ない部分だったのかもしれない。


でも、場所を変えたとしても追いかけてくるリスク

を少しでも減らすということを考えたとき

数少ない選択で重要な選択ができるのは食の部分だった。


追加しない。今以上に体に不必要なものを入れない。

それは簡単なようでとても難しいこと。


食材は安ければ安い方に目はいく。

おいしそうに見えればそちらに目は向く。

でも、それじゃ守れないこともある。




最近本当に体調不良の話を聞く。


食の見直し。ほんのちょっとの切り替え。


大事だなあ。と本当に思います




私は避難する前、買い物に行くのが怖かった時期がありました


料理を考えるのが嫌になった時期がありました。


いろいろなことを考え、葛藤した時期がありました。


その時に沢山の事を知りました。


知らなければ志が高くとも守ることなどできない。


ということを思い知らされました。



お金があっても、時間があっても


健康でなければ楽しめない。



そういうとこすごく大事だと思います。