ぼてさん、時々ベンジャミン、たまにJW.org -30ページ目

ぼてさん、時々ベンジャミン、たまにJW.org

エホバの証人に対する記憶、気持ち、想い、葛藤、未来を書いています。

私は映画版の銀河鉄道999が大好きで、少なくとも半年に1回はブルーレイで見ているのです。



この作品も約35年前のアニメ映画です。私が父親と一緒に映画館で見た最初で最後の作品でもあります。

いろいろと好きな理由はあるのですが、その中のひとつがメーテルの台詞なんですよ。

主人公の星野鉄郎とメーテルの別れ間際の台詞にこんなのがあります。全部メーテルの台詞です。

「いつか私が帰ってきて、あなたの傍にいても、あなたは私に気が付かないでしょうね。」
「私は、あなたの想い出の中にだけいる女。 
      私は、あなたの少年の日の心の中にいた青春の幻影。」

この台詞たちって、ずっとメーテルの生い立ちに関するものだと思っていたんですよ。
だから、メーテルって大変ね。鉄郎も悲しいね。

ところが、最近新しい理解が発見できたのです。 それと同時に私も年をとったものだと感慨深く思いました。
これって初恋じゃね? 映画のストーリでも鉄郎はメーテルに恋していますが、この台詞はメーテルの未来をあらわしていると思っていました。
で、2つの解釈を・・・。

「いつか私が帰ってきて、あなたの傍にいても、あなたは私に気が付かないでしょうね。」
メーテルの未来:メーテルは年をとれば別の人の体に取り替えて永遠に生きているので、次に会うときは別の体だからもう鉄郎は気づかない。
初恋:初恋の相手は思い出の中で年をとらない。でも現実には容姿は変化していき、ましてや30年後では別人みたいになって会っても気づかない。

「私は、あなたの想い出の中にだけいる女。 
     私は、あなたの少年の日の心の中にいた青春の幻影。」
メーテルの未来:もう2度と会わないだろうし、姿も変わっているから、あなたの記憶にしかいない。年老いても。まして、他人の誰かの記憶の中にもあなたの思い出はありはしない。
初恋:あの日々、あの高揚感はやっぱりあの日の思い出の中にだけしかない。しかも、その記憶は若さゆえの当時の当事者間の状況をあまりにも美化され過ぎている。まるで昔を想い懐かしむような・・・。

うーん。言葉で書くと陳腐ですな。けっこう恥ずかしい文面ではありますが・・・。どっかに記録を残しておかないと忘れてしまうのよね。思いついた事を。


 たぶん、すごく基本的な事を書くのだけど、みなさんに「そんな事も知らないの?」と言われるのがすごく怖いですけど、恥を忍んで書きます。答えをご存知ならご教示いただけると幸いです。

聖書に書かれている罪の概念。

私もJWになる時には考えたけど、よくわからなかったのです。。
ただ「キリスト教の罪(原罪)という、そういう考えなんだ」という変な場所に着地をしてしまったため消化不良に陥っていました。

洞察の本によると罪とは
*** 洞‐2 240ページ 罪 ***
何であれ,神の性格,規準,方法,意志などと調和しない,したがって,それらに反する事柄。すべて,神との関係を損なう事柄。それは言葉,行ない(間違った行為をすること,または,すべき事をしないこと,あるいは思いや心の態度)などに関する事柄かもしれません。神に対する信仰の欠如は一つの大きな罪です。
と書いています。簡単に言うと、神の基準に達していないということなのでしょう。
まぁ、確かにそうですわね。ものみの塔のいう基準じゃなく聖書の言う基準ですよ。ここは。

で、エバが食べてはいけないと言われた木の実を食べ、いろいろとあり夫婦が罪を犯しました。
それで神との関係を損ない、彼らは死に定められました。
ここまでで、いろいろと思うところはありますが、棚上げにしておきます。

まぁ、彼ら夫婦が死ぬことは問題ない。罪を犯したのだから。

で、なぜ子孫も死ななければならないのか?という問題なのです。
ものみの塔ではいつでも平気で「不完全な親から完全な子どもは生まれない」という理由で片付けてしまいます。

待て待て、これはアダムにしか知らされていない罰ですよ。そもそも、アダムには「善悪の知識の木実を食べたらあなたが死ぬ」と書いていますよ。英語でも確認しましたがYouでした。
(Youには複数形はないです。でも、ここのYouは神からの声を聴いた人の事を指しているのであって、聖書の読者を指していないと思います。だって木の実を食べることが出来ないのだから。ヘブライ語?知りません(笑))

だから、これって「食べた人が死ぬ」なんじゃないですか? 間違っていますか?
子孫まで反映させてはいけないと思うのです。

そうじゃないとしっくり来ないのです。
だって、食い逃げした親の子供は食い逃げをしますか? あれ? なんか違う。

(出エジプト記 20:5, 6) …あなたの神であるわたしエホバは全き専心を要求する神であり,わたしを憎む者については父のとがに対する処罰を子にもたらして三代,四代に及ぼし,6 わたしを愛してわたしのおきてを守る者については愛ある親切を千代にまで施すからである。

これですか? 全き専心を要求する神は別にいいのですよ。神の権利だから(としておきます)。でも子供を処罰するのはどうなんですかね?

殺人を犯した親はもちろん、子も殺人罪を問われる。ということに近い感じがします。
ものみの塔で、この事を弁明する部分は探しましたが見つかりませんでした。結局は罪を犯すのが悪い、だって先にルールを言っているだろ。でした。

で、その次に必ず出てくるのがイエスの贖いです。

あー、私は贖いの事を言いたいのではなくって、罪の「もそもも論」なんですが。

罪について、私の研究司会者が言っていたのは「凹んだパン型」の例えでした。
*** 楽 7章 74ページ 15節 人間はなぜ地上に存在しているのですか ***
15 では,わたしたちはアダムからどのように罪を受け継いだのでしょうか。アダムは,不完全になってからその不完全さと死をすべての子孫に伝えたのです。このことは,パン屋が1箇所にくぼみのあるパン型を使ってパンを焼くとどうなるかを考えてみれば,容易に理解できます。そのパン型で焼いたパンにはみなしるしができます。アダムはそのパン型で,わたしたちはパンというわけです。アダムは神の律法を破った時に不完全になりました。それはあたかもアダムにくぼみ,あるいは悪いしるしができたかのようでした。そのために,アダムに子孫ができた時,その子孫はみな,罪あるいは不完全さというこの同じしるしを受け継ぎました

ここで、いや待て!と言いたいのですよ。悪いのはパン型パンは悪くないだろう!

遺伝子の問題ですか? 創造者である神なら遺伝子を操作して子孫を完全な人間とすることも出来るでしょう?

親の罪を子供までといわれると、韓国との歴史認識問題とすごく重なるのですよ。

韓国の言うことが仮に100%正しいと仮定して、その事件について韓国が日本の子供の代、孫の代までチクチクと言うわけですよ。賠償!賠償!誠意のこもった賠償!と。
もう、世代が変わって戦争に関わった人がいなくなり、みんなこれから平和にしようぜ!って言っているにも拘らず、贖い=賠償を払えというのです。(あ、あくまでもこれは例ですよ)

あら、遠回りしたかしら。

パンは悪くないのです。でも、パンであるその子孫が罪を犯すならそれは罰せられるということでいいのですよ。

ただ、人間はみんな罪があるので不完全だ。と言われると「俺が何をした? 最初から不完全にしやがって!」と思うのです。俺は悪くないと。

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スゴク基本的な事な疑問を書いています。実は近くに答えはあるのかもしれませんが、私には見つけられませんでした。

お恥ずかしい限りです。