エホバのもとに帰って来てください。 セクション1(ぼて注解) | ぼてさん、時々ベンジャミン、たまにJW.org

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エホバの証人に対する記憶、気持ち、想い、葛藤、未来を書いています。

羊がおびえています。 牧草地で草をはんでいる間に他の羊からはぐれてしまったようです。

おっと、いきなり誤解から入りました。羊がおびえたのは、はぐれたからではありません。元羊飼いに見つかってしまったからです。
個人的に感じていたことですが、エホバに養われているという感覚が研究生の頃から、あまりありませんでした。(私1世です)
バプテスマを受けてしばらくして会衆が分かれて、研究司会者とも別れたので、ひとりで生きているような感じでした。ある意味のびのびとしていましたが、子どもが一人で原っぱで遊んでいる感覚でしたね。特に誰からも援助されることもなく、過ごしていました。もっとも援助は求めていませんでしたが。いわゆる放牧です。

エホバは 「散らされたものを連れ戻し,打ち砕かれたものに包帯をし,病んでいるものを強める」 と約束しておられます。 (エゼキエル 34:16) 弱っている人や思い煩いに押しつぶされそうな人を強めてくださるのです。

本当にそうなの?
牧羊訪問だって、最初の一言は褒めてくれるけど、その後は出来ていないことのオンパレード。私への偵察以外の牧羊で褒めてもらって終わったことなんて無いよ。
言葉柔らかいけど、言っていることきついよ。

羊が傷ついているなら,その原因が信仰の仲間にあるとしても,包帯をして傷が癒えるようにされます。

どの口がそんなこと言うの? この口か? この口か? まぁ、私はほとんど被害無かったけど・・・。
ハニーはいろいろあったからなぁ。あの時は未熟だったよ私は・・・。

あれ注解になっていないよ。

口さがなく息が詰まる様な会衆で、誰がどのように包帯をして傷が癒えるようにしてくれるのでしょうか。
「エホバを待ちない。」というのが癒しですか? すぐに対応できて、公正でなければ誰も癒されません。
「その時が来たら正されるよ。」って言葉も都合のいい言葉、いつなの? それまで我慢なの?
会社でも何かをする時には5W1Hが必要になります。Who(誰が) What(何を) When(いつ) Why(なぜ) Where(どこで) How(どのように)です。
で、これが無いと計画も通りませんし、何も出来ません。上の「エホバを待ちなさい」「その時が来たら正されるよ」というのは、全く具体性のない、ただの言い訳です。
この言葉に誰が責任持てるのでしょう。その場をやり過ごすための便利な言葉です。

世話する責任を感じておられる。
エホバは, 「自分の羊を世話し,……散らされたあらゆる場所からこれを救い出す。 わたしは失われたものを尋ね求め」 る,と述べておられます。 (エゼキエル 34:12, 16)

責任を感じている? 責任を感じているなら、私(&ハニー)が病気だからって訪問を断ったとしても来てみろよ!
その責任の意気込みを感じさせてくれ。 といっても本当に来られたらしんどいな。でも今なら何でも話せる!!!

「新しい日をもたらしてください」
エホバを知るようになった頃のことを思い出してみてください。
例えば,神のお名前と人類に対する目的に
ついて胸の躍るような真理を初めて知った時,どんな
気持ちになりましたか。

お名前を知ったときは、「変な名前」と思いました。
人類に対する目的を知ったときは、「おおぉ! まぢ?!」と思いました。 

 大会で仲間のクリスチャンと一つに結ばれて元気づけられたことを思い出せますか。

でも、大会会場にあんなたくさん人がいたのに、今となっては誰一人親友がいません。私が悪いのでしょうか。
  
また,誠実な関心を示した人に良いたよりを伝えることができた時には,幸福感と深い満足感を抱いて家路に就いたのではないでしょうか。

いやぁ、再訪問ってメンドクサイと本気で思いました。
それに、気の弱い私には本気で押し付けるような再訪問をすることが出来ませんでした。
あ、初対面でひとり「研究したいです!!。」という人に会いましたが、さっさと誰かにゆずりました。

とはいえ,エホバのもとに帰ることはそう簡単ではない,と思えるかもしれません。難しくさせるどんな問題があるか,どうすれば乗り越えられるか,考えてみましょう。

エホバのもとに帰らなければならないんですか? 問題を解決するんですか? 考えるんですか?
このブロシュアを読んで、こんな感じか反発感を持つ人が多いんじゃないですかね。やっぱり。
このブロシュアで心が揺れる人は少ないんじゃないですかね。