神道は言挙げせず(ドヤァ![]()
っていうのを聞くと、
『だから今の世の中こうなってるんじゃ…
』
って思わずにはいられなかった過去。
多分、(ドヤァ の部分が気に障っただけで
普通に穏やかに言って貰えれば
…って想像してみたら、
『そんな悠長なこと言ってるから…
!』
ってなりそうな気がしてきました![]()
言挙げしない――
ここでは、『ことさらに理論的な教理や教説を主張しない』
という意味で使ってるのですが、
どうして神道がそういう方法を採用しているのかなって、
不思議でした。
お説教とか生き方とか指針みたいなものが
もうちょっと踏み込んだ形であった方が
分かりやすいし生きやすくない?と思って。
少し前ですが
どこで見たのか聞いたのか覚えてないのだけど。
あちらの世界の人たちにとって
人間がする善行は
結構、え、これの何がよかったんですか?
みたいのが意外と高評価を受けたりするらしい…
誰かに受けようとか、褒められようという
ちょっとした期待もなく
フツーにやってるフツーのこと
そこから生まれてくる
その人の神性の自然の発露を
神様も殊の外お喜びになられるのであろうと。
――だから、
言挙げしない
なのだなぁと思った
今日この頃…![]()