しぜん | domanのブログ

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The purpose of this is a display of my opinion and concreting it.
ブログでは主に、新聞や鑑賞した作品について書きます。

下校途中の 小学生の笑い声に
残酷な想像を浮かべては 心を強ばらせていた
                     
森山直太朗/レスター 


Tittle ぜひ読んで欲しい本が見つかりました。(僕の文才がないばかりにそんな意図は伝わりそうにはありませんが....)

図書館に新入荷欄に『世界がもし100億人になったら』という本があった。すぐに'世界がもし100人の村だったら'という言葉が頭に浮かんだ。完全に文字らなかったのは原タイトルは'10 billion'だからだろう。

久しぶりに読んでよかった思える本だった。
全項が単純に環境問題からスタートし環境問題に終わるように書かれており、見やすいデータも多く示され、文字量も少ない。また叙事的に書かれているので、自分の読み方をさせてくれる本だと思う。まあ、結論部では、いくらかの主張がされるが、それは本の目的を考慮すれば仕方のないことだと思える。

本では、人口を起点に、食料、気候、産業・工業、エネルギー、などの広範囲の問題が、データとともに、網羅的、包括的に示されている。
それぞれの問題が密接に関わっていることが理解できるだろう。
しかし、この本が冊子、それこそ'世界がもし....'のような形で作られているのかを考え欲しい、と著者は言っているように感じる。
つまり、本で示されてる、データの軸の値や範囲、割合と比の使用など、粒さに、細かに、注意して読んで欲しいのだと、思う。
本の最後にカール・ポパーの反証可能性について述べられている(少ない文量内での選択の中で)ことを加味するとそのことを感じずにはいられない。

つまり、この本を読んで欲しい勧める理由を、読んでる最中に泣きそうになるほど(もしくは涙がにじむほど)感動したから、というように述べたのなら、彼が読者へ願ったことをしんの意味で理解していないことになるだろう。

だから、こそ、言わせてもらえば、この本を読んで、自分の無知を、むしろ人間の無知を理解(この理解はソクラテスが言うように、無知の知に行き着くと思う)し、そのうえで自分の行動が持つ意味について、端的に言うなら経済学でいう外部性を意識していただきたい。