3/11(土)

「晴れ」

朝12:00 チェックアウトなのでそれまではゆっくりしようと思って、まず朝食を取ったあとは日記を書いていた。
それから部屋の見取り図を怪しまれないように観察しながら書いた。

12時ちょうどに部屋を出る。その時フエのマーケットで9$で買ったあのズボンを置いていった。と言うのも勢いよくベットに跳んで座った瞬間、ビリっとケツのところが破れてしまったからである。安モノの宿命と思い捨ててきた。 そして荷物は上の階の受付に置いてもらい市内観光へ。

昨日は晩でよく分からなかったけどシンガポールはすごく綺麗な所である。ラッフルズホテルという一度は泊まってみたいホテルのトップランキングに常にあるという豪華で綺麗なホテルの前を通り、まずはマーライオンを見に行くことにした。公園の中も全然ゴミひとつ落ちていないし、ひと気もない。

(写真:ラッフルズ・ホテル正面)

(写真:シンガポールのどこかの公園。ゴミひとつ落ちていない)

これだけ静かだと、今までの東南アジアの国との差があまりに大きく、同じアジアとは思えないものを感じてしまう。とにかく綺麗な街である。やっと水路を挟んだ対岸にマーライオンを見付けたらその後ろのところが工事中なのでがっかり。

(写真:マーライオンを発見。ちょうど何やらうしろを工事していた)

もう少し近くで見ようとぐるっと回って歩いていたところ、1人のおじさんが現れた。日本人と分かるや否や、どこに行くのかと色々聞いてくる。とりあえず土産を買うという話をすると、シルクがいいよと言ってくる。なんかちょっと怪しい。でも話だけは聞いてあげようと思って色々聞く。結構親切で今日1日のスケジュールまで立ててくれてチャイナタウンの近くまで案内してあげるというので、一緒に行くことにした。色々話しかけてくるので、まあ一人だったし、話し相手にちょうど良かったので、どうせシルクを売りたいオジさんなんだろうと思いつつも、相手をしながら歩いてマーライオンへ。そこで一枚写真を撮ってくれるし、色々気が利くおじさんで、さすがこれで飯を食っているだけはある。

その人の話によると、自分の私情も入っているのか、両親にはここまで大きくしてもらったんだから感謝の気持ちを込めてちゃんと土産を買ってあげろと言う。兄弟なんかは今じゃくてもいいからTシャツなどの安いのでいい。お父さんには、シルクのシャツ、お母さんにはシルクのスカート、あと恋人にもスカートなどと勝手に決めていく。

まあ両親に買うのもいいかと思っていたら、さっそくシルクの店の中へ入っていった。初めて来たように見せているおじさんと店員だが、なかなかのコンビネーション。シンガポールは英語が共通語のハズなのに2人の会話はカントニーズ、怪し過ぎるよ。とにかくシャツぐらいは買ってあげようと思って見せられたのが1500円のシャツ、日本と同じくらいである。あとスカーフも同じくらいのを買わされ、3000円も使ってしまう。あとから、値切ってあげると、おじさんが、言っていたのに何も話さない。多分期待してたよりもオレが買わないので値切ろうともしないのだ。オレも早く束縛から開放されたいので、本当は、値切ろうと思えばできるハズなのになぜか弱気になってあっさり払ってしまった。それで終わり。

外に出て、おじさんはチャイナタウンの行き方を教えるとさっさとどこかへ消えてしまった。次のターゲットを探しに行ったんだろう。マーライオンを通ってその店というコース、その線上の先にチャイナタウン。このロケーションをうまく使ったキャッチセールスに私はまんまと引っかかってしまった訳だ。

そのあと、なんとなく歩いて行って、属に言うホーカーズ・センター(注:シンガポールのフードコートの総称)の1つを見つけて中に入って一服する。さとうきびのジュース屋を発見したので飲む。これはいつ飲んでもうまい。それからまたボーっと歩いて、というのも実はすっかりクーラー病にかかってしまったらしくて、身体がバテバテになってふらふらする。とにかくリトル・インディアに行ってみようと思い歩いていくが、体が思うように付いていかない。途中何回か休みながらリトル・インディアの入口にあるホーカーズ ・ センターに辿りついた。そこで飯を食う。まずナンにカレーをかけたのと焼き飯を食べる。ほんとはもっとインド料理を食べたかったのに、と思いながら、その焼き飯がカレー味で死ぬ程辛かった。ヒーヒー言いながら食べた。
レモンジュースはうまかった。

(写真:リトル・インディアにて。インドらしいゴブラムが施された建物の入口)

リトル・インディアは、そこに居る人たちがサリーを着ていたりして確かに今までと違った雰囲気を醸し出している。しかし綺麗過ぎる。だからこう強烈にインドだというような印象がない。それでなんだこんなものかと思ってあまりおもしろくなかった。ここでインドミュージックのテープを1つ買って戻ることにした。

途中、ほんとしんどくてしばらくベンチで休憩して、また歩いてしんどくなってを繰り返しながらやっとホテル近くまでたどり着いた。6時頃だったのでそこにあった飯屋さんで牛肉麺というのを食べてからホテルに戻った。体調も少し落ち着いてきたので、預けていたバックパックを背負って、いざ、帰路へ。サンダルはそこに置いていった。

バスに乗る。1ドルでOKだった。バスは満員で身動きも取れない状態。でもクールで親切なシンガポールの少女が 切符を代わりに取ってくれたりしたけど、それだけでまた知らん振りだし、それこそまさに、シンガポールなんだなと思ったりする。40分程バスに揺られて、その頃には座席にもゆったり座っていたけど、空港に到着。

晩10:50発の飛行機で、今は7:30。8:50のチェックインまではとにかくすることもないので空港の中をうろつきながら見送りのデッキに行って飛行機が出ていくところを眺めたあとカフェテリアへ。飯を食おうかと思ったがまだバテ気味だったのでビールだけ買う。今日会ったあのシルクのおじさんがアンカービールがうまいと言っていたなと思い出し、アンカーをいっちょ試してみようと思って買って飲んでみた。味はまあまあだった。テーブルにかけてビールとつまみに、タイで買ったカシュナッツを食べて暫くボーっとしつつ、「明日には日本なんだなあ…」と感慨深い気持ちになっていた。

そのあと日記を書いて時間が来るのを待つ。待ちながらもやはりあのリコンファームが気になっていた。(注:サメット島で電話をしたとき航空会社には私の名前がなかったが、旅行会社の人には大丈夫だと言われていたこと。)もしかしたら、乗れないなんてこともありうる訳で、そうしたらチェックインの段階でアウトでまた市内へトンボ返りということになる。その恐怖を想像しつつも実は内心そうなる事も少し期待しながら、そうなった時の自分も楽しんでみたいなと、思ってみたりもする。まあとにかく行ってみなきゃ話もはじまらない。

チェックイン ROWに行く。先にセキュリティーチェックを受けるように言われ並び直し、とうとうその時がやってきた。チケットを渡す。じっと待つオレ。カタカタとキーボードを打っている。空港税を払って下さいと言われる。おっうまくいっているみたいだぞ。ガーガーとプリンタに打ち出された席の番号の書いたチケットを受け取ることができた。やったぜ! これで日本へ帰れる。心の中で、「よしっ」と拳を握った私でした。そこから急に心が晴れ晴れとしてきた。ベトナムにいた時やサメット島にいた時はほんと帰りたくなかったけど、ここにきてやはり実際のところは、というよりシンガポールの刺激のなさに少しうんざりしていたので、この長い旅もこれが潮時だろうという思いに駆られ、ほっとした気分になったことは嘘ではない。
帰れることはやはり、うれしいのである。楽しい思い出は十分にできたじゃないか。もうこのくらいで手を引こうじゃないか。あまり本気になり過ぎるとハマッてしまうで。少しくらい名残惜しいほうが、逆にあとから染み染みいいものだろう。これからは現実に戻って卒業、就職に備えなければ…。

そうその時思ったかは別にして、とにかく心にひとつけじめをつけて、シンガポールにいや今回の旅に別れを告げたのは事実です。

パスポートチェックも日常の慣習のようになってきて、ぱっぱと済まし、D.F.S(免税店)で土産でもと思って酒のミニボトルを少し買って、あとチョコレートを買おうと思って見ていたら、日本のウーロン茶を発見、もう無性に飲みたくなってしまい衝動買いしてしまった。時間も近づいてきたので待ち合い室へ。ボディーチェックもすまし、日記を書いて出発を待つ。

(写真:出発の掲示板。ソウル行KE624に乗る)

10:30ボーディング。飛行機に乗り込むところで日本人に会う。マレー鉄道を下ってきたという彼は列車の中で荷物を丸々盗まれたという。それはそれはご愁傷様です。10:50出発。私の隣はシンガポールに住むフィリピン人の女性でした。30代後半くらいだろうか、シンガポールの人らしいクールさと礼儀正しさを持った清潔感のある人だった。あまり話をしなかったけど、誰かに招待されてカナダに行くところだという話を聞いて、もしかしたら結構有名な人なのかもと思いつつ、ただ黙々と新聞を読んだり日記を書いたりする私でした。12時を回った頃消灯になったので寝た。