セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

2009年の地中海スペインクルージングを機会にブログを始めました。ヨットでのできごと、ロングクルージングやレースに参戦した事を、気まぐれに日記形式で書いていこうと思っています。ちょっぴりフィクションを交え、だらだらと書き連ねますが、どうかお付き合いください。

Amebaでブログを始めよう!

セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記
朝の港


0630 起床。


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イギリスのクラッシックボート、老夫婦だけでクルージングしていた


0715 キャビンで朝食。



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垣見夫人のヘルムで出航


0800 出航。昨晩話し合った通りに、垣見夫人の操舵で出航。畑中さんと私がサルディーニャ島で下船した後、スペインのアルメリマールまで約500nmは2人での航海となるため、今のうちから練習をしておこうということのなったのだ。2人での操船となると垣見夫人が舵を担当することもあると思う。



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無事に港を出て一安心!


stern-toで係留してあるので、前進で出航できるため練習するにはちょうど良かった。若干緊張しているようですが、垣見艇長が横について的確な指示を出してくれるので安心。


今日の目的地は32nm南へ下って、昨年入港したことがあるCrotone(クロトーネ)へ行く。その時行った床屋のオヤジは元気かなぁ?ちょうど髪も伸びてきたところなので散髪をしようと思う。



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操業中のトロール漁船と頻繁にすれ違う


いつも通り朝は風があったので、メインとジブを展開してのセイリング。しかしこれも、いつものように風が落ちて機帆走となる。エンジンは1800回転で、艇速が6.7kts出ている。


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Cariati市街、昨日歩いた海岸沿いを行く


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山の上に密集した住居があった


Cariatiは平地が少なく、町の後ろはすぐに山になっている。その中腹には何もないが、山の上には稜線からこぼれ落ちてしまいそうなほど住居が連なっていた。垣見夫人の読んでいる塩野七生さんの本によると、このあたりは海賊の襲撃を恐れて、山の上に住居を移したのだというそうだ。その家々が朝日にくっきりと照らしだされて美しかった。

Punta Aliceの沖でイルカの背びれを2度視認した。Crotoneまで残航17nm。


1130 西の風をアビームで受ける。



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1200 Crotone沖の天然ガスの掘削リグが見えてくる。


1220 風が上がってくる。このあたりも風車が多い。一ヶ所に多いところだと30基以上がまとまって設置され稼働している。平坦地よりも丘や山の上に多くある。イタリアは国内に原発を造らずにフランスから電気を買っている。でもエコエネルギーの普及も欠かさずやっているようだ。



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Crotone港口


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左に小さく見える日の丸がArco Iris


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晴天でも風が強いとヨットは大変!


1330 Crotone入港。入港直前に真向かいの風が強く吹き出し、港内にも港口から真っ直ぐ奥まで風が入ってきている。港内を一巡すると、昨年係留したところよりもよりも奥のポンツーンで太ったヒゲ面のオヤジが手招き

をして呼んでいるのでそこへ向かう。ポンツーンに平行に風が吹いているのでAlong-sideで係留するようにと言ってくれた。出船で船首から風を受けるかたちで係留完了。



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すぐさまヒゲオヤジが停泊料を徴収しようと話しかけてきた。垣見艇長が陸電がないのかと聞くと、「ここのポーンツーンにはない。」といって€40の係留費を€35にまけてくれた。



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真剣な眼差しでハサミを動かしていた


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シャッターの瞬間は緊張気味の理髪師のおじさん


1530 垣見艇長と床屋に出かける。昨年行ったParrucchiere Per Uomo「Mario Liguori」は残念なことに閉店していたので、教会の前のもう一件の床屋へ行く。こちらがほとんどイタリア語を分からないと思いしゃべらずに黙々とハサミを動かす。日本の床屋と同様なハサミ使いですごく丁寧に刈ってくれた。ちょっと横分けにされたのが気になるけど。最後に写真を撮らせてもらうとニコッと微笑んでくれた。


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散髪前

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散髪後


散髪前後の写真を見比べると、短くなってとてもさっぱりとしている。帰艇後シャワーを浴びて、横分けを直す。



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街のカフェにはスマートな若い娘達が長時間おしゃべりをして過ごしていた


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Crotoneの綺麗な色に塗られた家


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仕切られていて、パラソルがあるところはチケットを買ってビーチに入る


2030 夕食。



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高い防波堤の上から見たCrotone港


2300 就寝。


本日の航程 Cariati ⇒ Crotone 33nm
本日の泊地 Crotone Porto Vecchio

Google Map 参照(下記をクリックしてください) 現在地は緑色の矢印の所です。

http://maps.google.co.jp/maps?q=39.080474,17.137814&num=1&sll=39.505696,16.942291&sspn=0.006225,0.013111&brcurrent=3,0x34674e0fd77f192f:0xf54275d47c665244,0&ie=UTF8&z=15

0630 起床。長袖のシャツを着ていないと寒いほど、今朝も涼しい。


0745 給油スタンドが開くのを待つ間にサンドイッチで朝食。

これは垣見艇長が、あまりにもカフェが暇でそこのお姉さんがかわいそうに思い、昨日作ってもらったものだ。



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0800 マリネーロが出勤してきたので給油をする旨を伝える。何だか今日は朝からマリネーロの人数が多いなと思う。


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マリネーロが総出でお見送り


0815 給油岸壁を離れ出航となる。港口に向かうとマリネーロがテンダーで付いてくるので見送りと思いきや、沖で一昨日のメガヨットの「Antonisa」が入港を待機していた。Arco Irisが出航するのを待っていたようだった。


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畑中さんがネットで調べてその概要が分かった。


Yacht Name : ”Antonisa”
LOA       : 37.80m Max (124.02ft)
Beam Max  : 7.77m (25.49ft)

Draught Max : 8.08m (26.51ft)
Building     : Hodgdon Yachts 1999
Designer    : Bruce King


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http://www.hodgdonyachts.com/antonisa.shtml


シナーラよりも24feetも大きなスループリグのヨット。

燃料タンクの容量はなんと7,700Lだという。

マリーナへ入ると給油スタンドの前に舫っていたので燃料を入れているようだった。すっと見えていたので、どのくらい時間が掛かるのか計っていたら、給油岸壁に1時間もいた。7,700Lもはいるのであれば、自動車100台分にも相当するのでこのくらいの時間がかかるのだろう。


1030 ポートタックの機帆走で8ktsをキープ。エンジンも1,700回転に抑えているので燃費も良いだろう。今日の目的地は46nm先のCariati Marina。まだ長靴の形をしたイタリア半島の土踏まずの中をまだ抜け出していない。



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サービスショット① お見合い写真


これまでにも書いてきたが、昨年のクルージングで行ったマルタを舞台に、第一次世界大戦中、日本海軍が派遣された実話に基づく物語を読んでいたが、ようやく読み終わった。600頁を越えるのでなかなか読み進まなかったが、随所に行った港や、これから行く港が出てくるので興味が湧いてどんどん読み進んだ。今この小説の舞台となった地中海にいて読み終えたことが灌漑深い。


1205 風が西に廻り上がってきた。目的地まではほぼ真上り。一旦岸に寄せてタックを返すと波が収まり走りやすい。



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この地方は緑が多く、山の中腹には牧草地のような感じの草原が広がっている。南イタリアでも今朝出てきたPolicoroあたりまでは乾いた大地だったが、このあたりからは心が和む景色に変わってきている。


1610 Cariati Marina(カリアーティ)へ入港する。Imrayにはポンツーンありとは記載がなかったが、入ってみると港内中央に2本並んで設置されていた。マリネーロが出てこないので勝手に止めることにする。Stern-toでの係留の準備でマリネーロがいないので、いつもはバウのムアリングロープを担当するのだが、Sternに立ちポンツーンに上がらなければならない。そのとき

事件!が起こった。


乗り移ろうと飛んだ時、ぶら下げてあったフェンダーのロープに足が引っ掛かり、前のめりに倒れてしまったのだ。海に落ちるというほど距離が離れていなかったので、ポンツーンに両手をついて、左足の向こう脛をその角に思いっきり蹴りを入れてしまった。もちろんこちらのダメージは甚大で、

出血&打撲で見る間に腫れ上がった。



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サービスショット② 売りに出ていたイギリス艇


あまりにも痛くて、係留作業ができずにのたうちまわっていると、3人で無事に完了してくれた。その頃になってようやくマリネーロがやってきた。「お前が早く来てちゃんとやっていれば、こんなことにはならなかったんだぞ」と、心の中で呟かずにはいられなかった。みんなで傷口を洗ってくれたり薬を用意してくれて、ガーゼを貼って治療してくれた。ホントにどうもありがとうございました。傷口が塞がっていないのと、傷みがあるので今日はシャワーをやめにした。ポケットに入っていたカメラも無事で良かった。


1700 上陸第一陣で垣見夫妻が街へ出かけた。私はちょっと安静にしていよう。


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車体が」あまりきれいではないイタリアの列車


1800 畑中さんが出かけるというので、じっとしていても、どうせ痛いだけなので付いて行く。線路をくぐり南へ歩くと、スーパーマーケットを見つけたのでお買いもの。そこではTarantoでよく飲んでいた微発泡のワインが€1.50で売っていたので2本も買ってしまった。ビールと水も買ったので大層な荷物に。ラッキーだったのはレジ袋が大きかったこと。後ろから両肩に掛けて背負うようにして持ち帰った。



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砂浜にはまだ海水浴客がいた


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画面左のおばさんがしきりにイチャついているカップルを撮れというのでつい!


そういえば夕食のレストランを探すつもりで出かけたはずだった。スーパーマーケットを出てからは海岸沿いを通って戻るが、食事ができる所は無かった。夕涼みに地元の人たちがそぞろ歩きをしていてとても長閑な良い雰囲気。足の痛さも何処かへ行ってしまう・・・・訳はない!



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ポンツーンの入り口の所の船に居たチョイ悪風ダルメシアン


唯一マリーナの入口に「LIDO LA BUSSOLA」というRistorante Pizzeriaを見つけた。まだこの時刻は営業をしていなくて、掃除をしていたが、それはこれから営業するということだと分かる。艇に戻ると垣見夫妻もこの店しかないと言っていた。



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まるで海の家みたいでしょ!


2000 レストランが始まったころを見計らって出かける。ピッツアはマルゲリータ、フンギ、クワトロフォルマージュ。そしてパスタ。海の家みたいな簡素なレストランだけれども、味やパスタの茹で具合はイタリアそのもの。何処へ行っても必ずアルデンテになっている。嬉しくなって勧められるままに、食後にデザートまで食べてしまった。


2330 就寝。明日は、昨年の思い出の地、Crotoneへと向かう。


本日の航程 Policoro(Marinagri) ⇒ Cariati 46nm
本日の泊地 Cariati Marina


Google Map 参照(下記をクリックしてください) 現在地は緑色の矢印の所です。


http://maps.google.co.jp/maps?q=39.505299,16.943085&num=1&sll=40.206279,16.730804&sspn=0.049294,0.104885&brcurrent=3,0x34674e0fd77f192f:0xf54275d47c665244,0&ie=UTF8&z=16

0630 起床。雨が寒気を連れてきたのか昨晩から涼しくなり、ハッチを閉めて寝たほどだった。今日は天気予報によると9時ころから西風が吹き始めてかなり荒れる模様なので連泊することに決めた。20時頃にピークを迎えるという予報だ。


0830 朝食。



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増し舫い① 右舷ミジップから後ろ方向に岸壁へ


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増し舫い② バウから右前方のポンツーンへ


0930 予報通り風が吹き始めたので、強くなる前に増し舫いをとる。風が吹きつける右舷側のミジップから岸壁へ1本と、バウからWaiting-Quayへ1本とった。風に煽られるのでオーニングも取り外しておく。これでいつ吹いてきても安心だ。


1300 昨夜の夕食の残ったカレーのルウを使って、垣見夫人がカレーうどんを作ってくれた。これはグッドアイデア!残り物が片付く上になべも新たに汚さなくて済む。ヨットの生活は工夫が大切。



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カワイイセイリングクルーザー 船外機の大きさとコックピットを比べるとわかるよ!


1400 千葉県の野田に柔術の修行で来日していた経験があるというマリネーロがいた。仲良くなった垣見艇長が、陸上を数キロも歩かないと行けないマリーナの対岸へテンダーで送ってもらえるように話を付けてくれた。帰りもVHFで呼べば迎えに来てくれると快く言ってくれた。対岸にはホテルやビーチがあるのでstayの本日の暇つ

ぶしには最適だ。



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歩きやすいビーチウォーク


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シャワーも完備


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顔の日除けがついた便利なビーチチェア


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水着ショットを狙う謎の男がビーチを徘徊していた(H氏)


Waiting-Quayのすぐ向かいのポンツーンへ渡してくれた。テンダーで渡すとあっという間。まずはビーチへ、ここは貸しパラソル、やビーチチェア、Barまである。Marinagriのリゾート施設の一部なのできれいに拵えている。閑散としたマリーナとは打って変わって人がたくさんいるので驚いた。


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ホテルとヨットを背景にウェディング広告用の撮影中でした


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船からでもアプローチできるホテル


その先のホテルはMarinagriの中でもひときわ大きな建物。入港時にも何の建物だろうかと思っていた。運河に囲まれ橋を渡って入る。1階のラウンジは閑散としていたが、フロントがある2階の、レストランやプール(2階にあった)には宿泊客と思われる人が少しいた。でも7月のバカンスシーズンにこれじゃあ完全に赤字だね。エアコンの効いた1階のラウンジで涼みがてらビールを一杯。



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ここは区画まで終わった別荘地 後ろは造成中


帰りは運動不足を解消するために歩いてArco Irisまで戻る。驚いたことに、分譲されている別荘はマリーナ周辺だけで、後は工事中。別荘だけでなく運河も掘削途中だった。今日は日曜日なので誰もいない工事現場で、水を汲み出す水中ポンプの音だけが響いていた。工事がお休みなのを良いことに、その中を歩きショートカットしたらあっという間に戻ることができた。


2000 ちょうどシャワーを浴び終えた頃、天気予報どおりに風がピークに達し、ブローを受けると艇が傾く。それでも増し舫いをしているので安心していられる。


2030 風が強いのでキャビンで夕食。今日は洗いものが少ないようにシンプルなメニュー。五目ちらし寿しとスパークリングワイン。


2100 風が落ち、静かになった。これも天気予報どおり。ネットで閲覧している「Meteo Marine」という天気予報は精度が高くて信用できる。


2115 今日もカフェへ行く。だって日曜日だというのに全然お客が来なかったから。毎日朝晩、きちんとそこのお姉さんが掃除をしているので可哀そうだから。我々が最後の客。艇に戻ったころにはお店も明かりが消え、閉店した。


2330 就寝。明日は出航する。


本日の航程 Policoro (stay 2泊目)
本日の泊地 Marina di Policoro

0600 起床。午後から風が上がってくるという天気予報だったので早めに出航する。


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久しぶりの出航は曇天の中


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まずPorto Mercantileの防波堤をかわす


0650 Taranto出航。新旧のビルが混沌と旧市街を形作るこの光景も見納だ。1週間ぶりの出航だが生憎雲行きが悪い。だがドジャーとビミニトップがあるのでオイルスキンを着ることも無いだろう。それに28nmと航程も短い。


目的地のMarina di Policoroは、2006年版のImrayのItalian Waters Pilotにはまだ計画中と書いてあったが、Marina di Tarantoでパンフレットを貰い、紹介されていたし、垣見艇長が電話で予約を入れてくれた。GPSの画面にはまだ記載されていないが、パンフレットに書いてあった緯度経度を入力してナビゲーションを行う。



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チークデッキが濡れてきた ラットのあたりはビミニトップがとどかないのでしかたない


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ドジャーのおかげで濡れずに前も見える


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このように雨宿りをしています 雨でもぬれずにゴキゲン


0715 とうとう雨が降り出した。今年のクルージングでは初めての雨。しかも航行中。ラットのところは乗れるので、みんなドジャーとビミニトップの下の濡れないところに集まってしまう。



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古い建物がある外防波堤をかわしてPorto Tarantoを出る


0727 港外に出る。メインセイルを展開するが効果なく、風も弱い。


0800 雨が止んでくる。


0830 太陽が雲間から顔を出してきた。


0900 風が吹いたり止んだりを繰り返す。



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まわりの砂浜と同系色の石積みの護岸


1015 天候が完全に回復。日差しとともに気温も上がってきて視界も良くなってきた。双眼鏡で目的地方向に高いマストの立っているのを視認する。フォアステイも見えるので間違いないと思うが、まだ遠いとはいえ、他のヨットのマストが見当たらなかった。次第にサービスヤードのクレーンが見えてきてマリーナを確認する。平坦な地形に石積みの護岸なので入口が分かりにくい。



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小型モーターボートのポンツーン Arco Irisはこの右の岸壁に係留した


1125 入港。ポンツーンはたくさん用意されているが、船が少なくてひっそりとしている。VHF-74chでマリネーロを呼び出し、指示を受ける。ポンツーンにAlong-Sideで係留。まずは係留手続きをするようにいわれる。この場所はWaiting-Quayのようなので電源ケーブルはとらないでおいた。ここEU以外からの来艇は初めてのようで、手続きをどうすればよいのか分かっていない様子。思いのほか時間がかかった。



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何度着艇をやってもうまくできないイタリア艇(紺色のヨット)


待っている間に50feetのイタリア艇が入ってきた国内艇なのでマリーナオフィスの前にすぐさまStern-toでの接岸を指示されトライするがどうにもうまくいかない。2人で操船しているとはいえ下手くそで、岸壁に寄せきれなかったり、受け取ったムアリングロープを落としたりしている。マリネーロがテンダーを出して手伝い、ようやく係留できた。こんな下手くそで、よく50feetものヨットを2人だけで廻航しているなと思う。



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ちょうどマリーナオフィスの前に係留


それを見ていた垣見艇長は、Arco Irisがその艇の隣の場所に移動するように指示された時、「隣に舫うのは嫌だよ」とマリネーロに言い、2艇くらい間をあけて停まる場所のムアリングロープを渡してもらった。マリネーロもこちらの気持ちを理解してかニヤッと笑っている。


このマリーナは、Marinagriという大規模にリゾート開発している中にある。Marina Villageという一画の、マリーナとホテル、運河に囲まれた別荘、だけが1年前に先行オープンしているのだった。係留料は、12m以下のヨットは€35/日。+電気代が€5だった。


ホースでデッキを洗おうとしているとマリネーロが上水(飲み水)と雑用水の蛇口があることを教えてくれた。それからマリーナ内では洗剤の使用は禁止とも。これは船を洗う場合だけでなく、ギャレーの使用時にも同様ということ。イタリアにしては環境について配慮している感がある。新しいマリーナなのできれいにしていこうという考えだけでなく、分譲している別荘もあるのでリゾート全体が出来上がるまではきれいにしておく必要があるのだろう。


但し、ふねで食事をした後の洗いものをどうすればよいのだろう。船で食事を作るなとは言われていないし、だいいちカフェしかないのでは外で食事もできない。勿論使う側にもペーパーで皿を拭くなど、工夫する必要がある。何とか洗いものをする施設もない。規制するならば、それを補う受け皿も用意しておかなければならないと思う。


きれいなトイレとシャワーはとても近くにあり、便利で使いやすい。明日は風が強く吹くので2泊するから良かった。


1345 素麺で昼食。茹で汁はギャレーのシンクでそっと流す。

食後は定番のSiesta。



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夕方になってマリーナオフィスの向こう側で大きな音がしているので目が覚める。コックピットに上がってみると閑散としていたマリーナにもたくさんの人が歩いていた。


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スタート2分後の光景 結構真剣に走っています


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最後尾のおばさんには漏れなく救急車がついてまいります


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たくさんの豪華なトロフィ


その訳は、マリーナ内を走る10kmのマラソン大会がこれからあるということだった。マリネーロに参加しないかと垣見艇長が誘われていたが参加はしなかった。スタート風景を見るとけっこう本格的なカッコをしている人ばかりなので参加しなくて良かったと思う。10km程度のマラソン大会なのにランナーの後を救急車がついていっているのがちょっと可笑しかった。



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マストが画面からはみ出るほど高い


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フラッグは人よりも大きい


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惚れ惚れする優雅な船体


2030 マリーナを見つける目安になった巨大なマストのメガヨットが出航していった。



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2045 キャビンで夕食。今夜はカレーライス。サラダと、昨年来お気に入りの微発泡の赤ワインと一緒に。垣見夫人、ごちそうさまでした。

夕食後、マリーナオフィスの隣にあるカフェでデザート。


2330 就寝。明日は天気予報で風が強いと出ているのでこのマリーナにもう1泊することになった。


本日の航程 Taranto ⇒ Policoro(Marinagri) 28nm
本日の泊地 Marina di Policoro

Google Map 参照(下記をクリックしてください)緑色の矢印のあたりです。(地図作成時はまだ記載がありません)
http://maps.google.co.jp/maps?q=40.207984,16.730804&num=1&sll=40.206279,16.730804&sspn=0.049294,0.104885&brcurrent=3,0x34674e0fd77f192f:0xf54275d47c665244,0&ie=UTF8&z=13

0700 起床。今日も爽やかな朝。昨晩の風も収まっていた。



0900 朝食。



1000 port policeが今日もやってきた。垣見夫人が艇長は18時に帰艇すると伝えると了解してくれた。



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モーターボートの下架作業風景


1030 垣見夫人が、Martina Francaというバスで30分程の所にある町へ出かけた。バロック建築の旧市街が見所のようだ。私はArco Irisに残り、ブログの原稿書きをする。やっと7/10分を更新した。


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マリーナから旧市街を臨む 綺麗なビルと朽ちかけたビルが混在している


1330 残りご飯を使い昼食。バター醤油味の焼きおにぎりを作っる。焦げた醤油とバターの風味がなんとも言えない。ポイントは、醤油をたっぷりかけることと、味の素を一振りすること。



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マリーナの上には学校があった 夏休み中なのでひっそりとしている



1400 食後は久しぶりにデッキで日光浴をする。オーニングがあるので顔を日陰にすることができ、読書ができるので嬉しい。


1530 トイレ清掃開始。いつものようにポンツーンの水道から引いたホースを、窓から入れて便器、壁、床、給排水ホースに水を掛ける。ブラシでこすった後、水で流し雑巾できれいに拭きあげた。垣見艇長の帰艇予定の17時にはきれいにしておこうと思っていたのに、16時に帰ってきてしまった。Brindisiからの列車がストで運行していないため、タクシーで帰って来たそうだ。列車を待つ時間も省け、40分で来れたと言っていた。


畑中さんが調べておいたマリーナと天候を勘案し、垣見艇長と相談をして今後のスケジュールが決まった。


2030 垣見夫人が予約してくれた時刻になりPonte Vecchioへ夕食に行く。この前と同じテーブルをとっておいてくれた。今日は垣見艇長の無事帰艇を祝し、Antipastoを注文するとこの店は、その日のお勧めを6皿くらい出してくる。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記


覚えている物を列記すると・・・。


・魚介類のサラダ(Insalata di Mare)
・ムール貝のフリット(Fritto di cozzi)
・イワシのマリネ(Alici Marinato)
・手長エビのグリル(Scampi alla Griglia)


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記
どれも非常に美味しい。


前菜でお腹はだいぶ満たされているのでピッツアとパスタはシェアして楽しもう。定番のPizza MargheritaとTagliolini alla Pescatoraを4皿に分けてもらいいただいた。


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記


この店に対するコメントで畑中さんが日記に良いことを書いてあったので引用させてもらう。
「このTaranto の町に来る事があれば是非Ponte Vecchio を訪れて欲しい。

因に今夜の料理、ワイン2本、アンティパスタ(お任せ)、パスタ、ピッザ、デザートで€126/4人だった。
最初に晩に来た時はワインとピザ2枚、デザートで€70/4人ちょっとだった。このレストランはお勧めだ。」


2330 就寝。明日は久しぶりの出航だ。


本日の航程 Taranto(stay7泊目)
本日の泊地 Marina di Taranto

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0700 起床。昨日の風が収まり、爽やかな北風が心地よい。トレーナを着るのも久しぶりで、それもまた嬉しかったりする。


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0800 コックピットで朝食。船番をしているだけだとブログネタが無くなってくる。だからという訳でもないが、数日前からちょっと臭っていた冷蔵庫を掃除する。まず中のものをすべて取り出し、霜取り(冷却装置に付いた氷をおとす)をする。底にはいろんなところからこぼれた水分が溜まっていたのできれいに洗う。匂いの原因はピレウスで買ったイカが残ってたのだった。


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清掃後、綺麗に整理され臭いもしなくなった


冷蔵庫はマメに整理をしないと、ビンテージなものが溜まってしまうので注意が必要だ。特にヨットでの生活は病気になってもすぐ医者にかかれるとは限らないので食べ物には特に用心している。痛んでいたものは捨て、濡れていた容器は畑中さんが洗ってくれたので思いのほかはかどった。


1000 警官がやってきて所有者とかキャプテンはいないかと効いてきたようだ。明日キャプテンが戻ることを伝えると他の艇を見に行ってしまった。形式的な検査?のようだった。


1230 垣見夫人がクリームパスタを作ってくれた。食べていると向かいの船のオーナーがやってきた。昨日大風が吹いたのでボートを見廻りに来ただった。垣見夫人が「昨夜は申し訳ない」とイタリア語で謝ってくれた。彼も「風が強かったからね」と言ってくれた。


これで気持ちのつかえがとれた。この人たちは、良い人たちのようだ。その時彼が乗って帰った赤い車は「FUOCO(消防)」と書いてあったので、消防署関係の人ではないかと垣見夫人は言っていた。



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いつもこんな感じてブログを書いています


1630 昼寝の後はブログの原稿書き。イタリアに移りSIM Card購入まで時間がかかってしまったこともあり、10日ほど更新が遅れている。今年は1日も飛ばしていないけど早く追いつかなくちゃ。



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買い出しのスタイル、自然とお腹も引き締まります


1830 畑中さんとスーパーマーケットへ水物の買出し。畑中さんのリュックは横幅があり、ペットボトルのミネラルウォーターが立てたまま7~8本も入る。いつもそれに缶ビール10本とワイン2本で、20kg位まで入るので使わせてもらっている。これだけの荷物を手で持って運ぶのはしんどいからね。こう見えても高校時代にワンゲル

部で鍛えたのでこれくらいの荷物を背負うのはへっちゃらだ。


1930 シャワーを浴びる。今日は平日でマリーナに来ている人が少ないせいかお湯がふんだんに出る。今までチョロチョロとしか出ていなかったシャワーが勢いよく出た。気持ちが良いのでついつい長浴びとなる。畑中さんにもお知らせしましょう。


2000 南西の風が20ktsを越えるようになってきた。まだバウの舫いはウインチで引いたままにしてあるので大丈夫だ。


2100コックピットで夕食。風があり涼しいのでシャツを着る。今夜のメニューはビーフステーキ。サラダとワインで戴きました。


2330 就寝。明日は垣見艇長が帰艇する。トイレ掃除をしておこう。


本日の航程 Taranto ⇔ スーパーマーケット(stay6泊目)
本日の泊地 Marina di Taranto




0900 昨晩の大宴会のせいでようやく起床。


寝返りを打った瞬間、手で何かを叩き、ボキッと折れる感触がした。慌てて飛び起きると、眼鏡のフレームが折れていた。


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記


ああっ・・・・!! 

ショック・・・!!!

寝たときに枕元に置いてしまっていたのだった。

ツルが細く横向きに寝転がっていても邪魔にならないし、なんといっても軽くて、掛け心地が良いのでお気に入りだった眼鏡だ。畑中さんのように海に落とした訳でなく、壊れてしまったのでどうにもならない。残念だが諦めることにした。いくら長逗留で話題不足だとはいえこんなことで話題を提供したくなかった。


0930 今までで一番遅い朝食。不思議と二日酔いにはなっていなかったのでしっかり食べられた。朝食後垣見夫人は新市街へと出かけていった。


1115 急に風が上がってきた。西南西の風が右舷45°の方向から吹き付けてきた。この船は左舷側のムアリングロープしか拾っていないので、左の艇に寄せられてしまう。このマリーナは、両舷共にムアリングロープが用意されているが、Arco Irisのバースだけ右舷用のムアリングロープを拾うためのガイドロープが途中で切れしまっていたので拾えなかったのだ。当然後ろにも下がってしまっているので、トランサムに吊るしたフェンダー(防舷材)は、ポンツーンとの間で押し潰されている。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

プルージックを使い右舷側に舫いを取りウインチで曳く 右に伸びるのは横舫い


風上側のモーターボートとバウ同士で横舫いをとるが、モーターボートがこちらへ寄ってくるだけで効果なし。風を受けて目一杯張っているムアリングロープを曳くしかないようだ。プルージックという結び方でムアリングロープの途中から支点を作りウインチで引き、ようやくポンツーンから話すことができた。


畑中さんがマリネーロに別のロープを、風上側の隣のポンツーンから取れないかと相談して、やってみようかと長いロープを出すと「それは難しい」と言いだした。その時2艇左隣のイタリア艇からオジさんが出てきてもう少しムアリングロープを引くようにとアドバイスをしてくれた。


それからそのオジさんと畑中さんのおしゃべりが始まった。これから行くシシリー島やサルディニア島のアドバイスをしてくれている。仲良く盛り上がっているな、と思っていたら、オジさんが帰った途端、疲れた様子で「話が長くていつになったら終わるのかと思った。」と言う。畑中さんは自分のことを、「英語のできない元商社マン」と言っていた。それ以下の私が、言えた義理ではない。


1210 昨晩のガタイの良いDoctorがバイクでやってきた。どうやら我々は、今日の昼にターラントの旧市街を、案内してもらう約束をしたらしい。イタリア語が分からない畑中さんと私は、頼みの綱である垣見夫人がいないとコミュニケーションが全く取れない。誰が約束をしたのかもわからなかった。漸く、行きたくても風が強いので船番をしていなければならないことを理解してもらい、申し訳ないが帰って貰った。


1500 冷やしつけ麺で昼食。依然風が強い!航海計器を作動させて風速計を見てみると25ktsを越えていた。畑中さんによると、風のピークは今頃から夕方にかけてだと言っていた。


1700 風が西に廻り、ポンツーンの側から吹いてくるようになる。後ろからの風に変わったので、艇内に風が入るようになり涼しい。このまま納まってほしい。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

今夜はオーニングを外したままにする


1900 さらに風が落ち15kts。波も収まり、はずしていたパッサレーラを置けるようになった。


1945垣見夫人が帰艇。考古学博物館からの帰りに乗ったバスは、新市街を循環し旧市街へ行くものと思って乗ったら、遥か遠くMare Piccoloの方まで廻って来たそうだ。€0.80で2時間近くもバスでのドライブを楽しめてお得でしたね。


2030 少々涼しくなったコックピットで夕食。メニューは鯛のホイル焼き。バター風味で美味しい。食べていると向かいの艇の人たちがおめかしをしてやってきた。もしかしたら、今夜の夕食を約束していたのかもしれない。とはいえこちらは既に食事中。向こうもこちらの状況を理解してくれたようで出かけていった。


夕食後、畑中さんとコックピットでおしゃべり。昨夜のことが話題に上り、当然畑中さんは赤いワンピースを着ていたマダムのことを「素敵だ」と誉めそやす。とってもお気に入りのようだ。帰艇した時の舫いさばきもカッコ良かったと。おノロケをさんざん聞かされてお開きとなった。


2400 就寝。


本日の航程 無し、但しトイレとシャワーのみ(stay5泊目)
本日の泊地 Marina di Taranto

0700 起床。Stayが続くとだんだんと起きる時間が遅くなってくる。


0830 キャビンで朝食をとる。朝食後垣見夫人は旧市街に魚を買いに出かけた。


今年の1月、NHK-BSのイタリア特集で、ある地方の町を取り上げていた。歴史的建造物である荒廃した洞窟住居を、復元して朽ち果てていく町をよみがえらせたという番組だった。


こちらへ来てからはそんなことは忘れてしまっていたのだが、ターラントで長逗留が決まってから、アテネの時のようにだらだらと過ごすのはもったいないと思い、面白そうなものを探そうと思って「地球の歩き方」見ていた。すると、ターラントの、近くにMatera(マテーラ)という町があり、そこに1993年にユネスコ世界遺産に登録された洞窟住居「Sassi(サッシ)」があると紹介されているのを見つけた。


テレビで見ていたときは、まず、行けることはないだろうと思っていたが、案外近くにあると知り、行きたくなる。それで、垣見夫人に出かけたついでにバスの時刻を聞いてもらっておいた。


ターラント行きのバスは平日の場合、1日に4便しかないので、最初の12時発で行くことにした。昨日から膝が痛いと言って、行くのを渋っていた畑中さんに、「畑中さんが一緒に行かないとつまらないから行きましょう。」とヨイショしたら、快く同行してくれた。


マテーラ行きのSita社のバス停は、マリーナを出てターラント駅へ行く途中のPonte di P.ta Napoliを渡ったところにあった。停留場は相変わらず分かりにくいが、同じ行き先の人が数人いたので安心して待てた。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

ターラントのコンテナ埠頭 反対側には4基も製鉄メーカーの高炉があった


1205にバスが到着し無事乗車。所要時間は1時間50分。前回のバスでの経験を活かし、i-Podと文庫本を持参して乗車中の時間を楽しむ。ターラントの工業地帯を抜けると海岸線を離れて農園の続く道をマテーラへと向かった。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

分かりづらい表通りの入り口



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

一見、中華料理店風の外観だが中に入ると・・・


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

ワゴンを操りオーナー自ら給仕していた


1400 マテーラのバスターミナルへ。まずは目当ての店のRistorante Da Marioへ。表通りの建物の奥にあり、地味な外観とは裏腹に、昔の石造りの倉庫のようなところを綺麗に改装た瀟洒な店。店内では、評判通りオーナー自らオーダーをとり、地元の人で賑わって活気があった。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

とても綺麗に改装されていて気持ちの良いレストラン お薦めです


ピッツアマルゲリータを3人でシェアし、各々でパスタをオーダー。畑中さんは南イタリア独特の耳たぶの形をしたオレッキエッテの生ハムのクリームパスタ。美味しそう。私はカルボナーラのスパゲッティ。イタリアでは何処へ行ってもパスタは美味しい。ハウスワインの白は冷えてて美味しかったが、3人でシェアしたのでちょっと量が多すぎたかもしれない。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

ヴィットリオ・ヴェネット広場からのサッシの眺め


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

おばさん自ら絵付けをしている土産物店


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

大きくて買わなかったけれど色彩が鮮やかな鳥の陶器


昼食を終えると既に15時。1715発の帰りのバスに間に合うように、とっととSassiを見学しなくちゃ。と言っておきながらP.za V.Veneto(ヴィットリオ・ヴェネット広場)の土産物屋をのぞき込み、ついつい畑中さんとお揃いで土産を買ってしまう。


お目当てのSassiは、すり鉢状の北東に開いた谷の地区。その真ん中にDuomo(教会)があり、北側のSasso Barisano(サッサ・バリサーノ)と南側のSasso Caveoso(サッソ・カヴェオーソ)に分かれている。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

サッサ・バリサーノの全景


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

サッサ・バリサーノは傾斜地に不ぞろいの住宅が密集した、旧市街といわれている地区。


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

サッソ・カヴェオーソは、まさに岩山をくり抜いた洞窟住居。


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

密集した住居の隙間に迷路のような路地が巡っている


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大きな岩の左手に洞窟教会があった


ヴィットリオ・ヴェネット広場からサッシに降りていくと、細かい路地を涼しい風が吹き抜けて心地よい。風を求めてさらに進むと、洞窟教会のSanta Maria di Idris(サンタ・マリア・デ・イドリス教会)へ出た。荒々しい岩山に、そそり立つ十字架がとても精悍で、神の強い加護を印象づけている。内部にはフレスコ画が描かれているのだが、残念なことに時間が無く見ることができなかった。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

綺麗に手入れされ、ムードがありハネムーンにもぴったりかも?


Duomoの広場にあるCasa del Pellegrino-Le Monacelle(レ・モナチェッレ)というB&Bを覗いてみた。16世紀の女子修道院を利用した、かつての僧坊を利用した客室もあり、サッサ・バリサーノの眺めも良い。最近は、このように洞窟を活かして、ギャラリーやホテルへの改築が少しづつ始まっているそうだ。垣見夫人が泊まりたがったが、畑中さんが予定通りのバスへ乗ることを進言し、バスターミナルへと向かった。今度来るときには、是非洞窟ホテルに泊まってみたいと思う素敵な宿だった。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

Duomoからのサッサ・バリサーノ


帰り道、この地方ではめずらしく日本人のツアーに出会う。若い夫婦(ハネムーン?)に3人で来たのかと尋ねられ、そうだと答えると「すごーい!」と言われてしまった。たぶんオプショナルツアーで日本人がいないようなところにやってきたのに、日本人がいたからだと思う。傍から見たらファミリーとは到底見えない変な3人組で旅をしていると思って言ったのではないと思う・・・たぶん。


1715 Taranto行きのバスで帰路につく。


1930 Taranto到着。畑中さんが降りてこないので声を掛けると、慌てて降りてきた。熟睡していたみたいだ。忘れ物は無いか尋ねると、元気よく「大丈夫!」と一言。しかしマリーナ手前の橋の上で、帽子を忘れたことに気がつく。バスはまだ停車していたがあっさりと諦めてしまっている。自分だったら必ずとりに行っていたと思うが、本人がもう良いというのでそのまま帰艇した。


2045 コックピットで夕食。メニューは、朝食後、垣見夫人が買ってきたムール貝と鯛。山ほどのムール貝のワイン蒸しと、鯛の塩焼き。どちらも大変美味しく、3L入りの白ワインがみるみる減っていくほどお酒もすすむ。


お酒がまわってきて気持ちよくなったころ、向かいのポンツーンのモーターボートに集まっていた連中が急に声を掛けてきた。夕方、おじさんが一生懸命ムール貝の殻むきをしていた艇だ。何かと思えばギャレーのコンロのガスが無くなったらしい。パスタを茹でたいので火を貸してほしいと。英語ができるのはチョイ悪風の白いシャツの男だけで、そいつを介してやっと言っていることが分かった。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

こんなにコックピットに人が乗れるなんてビックリ! 真ん中にいるのがチョイ悪風の白シャツ氏


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

畑中さんの演奏と熱唱は大好評!


コンロを貸してあげると、出来上がったムール貝のパスタをおすそ分けしてくれた。その後ビールを貰い、片言で話をしているうちにどんどんこちらの船に乗って来る。やがて全員が乗り込んできて大宴会に。コックピットはイタリア語の嵐となり、畑中さんのウクレレに大喜び。向こうの艇のオーナー夫人が、大好きな真っ赤なワンピース着ていて畑中さんも大喜び!ガタイの良いDoctorだというオジさんは自家製の果実酒を振舞ってくれた。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

ポンツーンで気持ち良さそうにスウィングするお二人


そのうちターラントの地名の由来のタランチュラ(毒グモ)に、噛まれたとき踊るように悶え苦しむ、という話からDancing timeへ突入。私は、かろうじて傍観者にとどまったが、社交的な垣見夫人はArco Irisを代表してポンツーンに上がり、あちらのマダムと一緒にスウィングしていた。


可笑しかったのはちょい悪風の白シャツが、「2ヶ月もクルージングをしていて学校はどうしているのか?」と聞いてきたので、自分の年齢を伝えると「Amazing」と言われてしまったことだ。普段から力説している、「ヨット乗りは、実年齢の7割掛け(私説は5割掛け)」を、まさしくイタリア人には私を見て理解してもらえたようだった。


2300 こちらがかたずけを始めると、お向いさんも行儀よく引き上げ、0時を過ぎる頃には船を後にしていた。垣見艇長が留守中なのでちょっと警戒していたが、とても良い人たちだった。


2400 Materaへのshort tripで疲れれていた割には遅くまで頑張れた。しかし、ここまでが限界。就寝。


本日の航程 Taranto ⇔ Matera 但し、バスにて (stay4泊目)
本日の泊地 Marina di Taranto


http://maps.google.co.jp/maps?q=40.667147,16.609461&num=1&sll=40.470784,17.249866&sspn=0.012275,0.026221&brcurrent=3,0x0:0x0,0&ie=UTF8&ll=40.668009,16.612015&spn=0.00612,0.013111&z=16




なでしこJapan女子ワールドカップ優勝おめでとう!!
もの凄い快挙ですね。昨晩延長戦でアメリカに先に2点目を取られてもうダメかと思いましたが、沢が後半終了間際にボレーシュートでゴーーーール!奇跡の同点弾でした。PKもキーパーが良く凌いで優勝。完璧です。勝因はモチベーションを下げないために目標を高く持ったとか。自分も心がけたいものです。リアルタイムで見られなかったため、ネットのニュースで知りました。日本の皆さん見てましたか?早朝の時間帯にも係わらず高視聴率だったそうですね。きっとみんなの応援が届いたのでしょう。


0630 起床。


0730 久しぶりにご飯とみそ汁で朝食。つくだ煮と焼海苔も付けて。Vodafone shopは行くために朝食の時間を急かせてしまいました。

0800 Vodafone shopへ向けて出発。もちろん今日も徒歩です。但し、入港してきたMare Grandeとは反対側のMare Piccolo側を歩く。運河で繋がったMare Piccoloは静かな海面を利用してムール貝の養殖が盛ん。したがって旧市街のこちら側は漁師町のようになっていて、朝から魚介類を売る屋台が並んでいる。

ジレヴォレ橋を渡り新市街へ、営業していたVodafone shopで、垣見艇長のおかげで無事にSIM Cardを購入することができた。お礼にカフェでひと休みして帰艇。


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

黒いモデムが昨年購入したイタリア用、赤いモデムは今年ギリシャで購入したもの

1200 早速モデムにセットして使ってみると繋がらない。畑中さんも同様の症状。shopの店員には今日中にアクセスするように言われていたので焦ってしまう。仕方がないので今度はPCを持って畑中さんとVodafone shopへ相談しに行くことにした。さっきとは打って変わって重い気持ちだが、どうにかしたい一心で急いてしまう。既に日中の厳しい日差しになっていたのでなお辛い。


1230 Vodafone shopではさきほどと異なる女性の店員が応対してくれた。すると「プリペイドのSIM Cardは購入して翌日から使える」と言う。こちらはあっけにとられてしまう。さきほど応対してくれた男性店員は「今日中に・・・」と言っていたのに!騙されたのか、聞き違いだったのかはよくわからないが、ホッとした気持ち半分、疑心暗鬼になりながら店を出る。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

Prefettura(県庁)前の車の大きさからみても巨大な建物だとわかる。海からも目立つランドマークだった


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

昼間のジレヴォレ橋 かつてCan.Navigabile(ナヴィガービレ運河)の掘削によって市街地が分断された


せっかく新市街まで歩いてきたのでMare Grande沿いの散歩道Lungomare Vittorio EmanueleⅢ(ヴィットリオ・エマヌエーレ・テルツォ)を歩く、ここは850mほど椰子の木が立ち並び木陰ができて、歩いていると大変気持ちが良い。ジレヴォレ橋のたもとまで続いていた。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

Piazza Castelloにはギリシャ時代の遺跡がある


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

狭い路地と寄り添う新旧のビル


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

名所も手入れがなされず活かされていない


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

扉の上の文様 まるで厄除けの鬼瓦のようだった


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

町の守護聖人S.Cataldo(サン・カタルド)を祀る11世紀の教会


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

ファサードはバロック様式、側面はロマネスク、クーポラはビザンチン風の教会



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

入り口の大きな扉 人間の倍の高さがあります


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

Cappella di S.Cataldo(サン・カタルド礼拝堂)内部は大理石の象嵌細工だとか


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

表面が研磨されたようにつるつるの古い石畳


これもせっかくなので旧市街の中を通り抜けてみる。Piazza Castelloの脇からから入ってみる。案内板にTourist 

Informationの表示があったのでそれを目指していく。Duomo(教会)まで行っても見当たらず、結局見つけることは出来なかった。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

路地はまっすぐ繋がっていない 時折改装されたビルが顔をのぞかせる


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

表面を昔ながらのスタイルで手直しした建物もあった


旧市街の中は壁だけを残した廃墟とリニューアルしてきれいになったビルとが混在する不思議な空間だった。あまり細かい路地に入り込むと迷路のようで抜け出せなくなるような気がした。

1400 帰艇すると垣見艇長と入れ違いだった。

長い散歩になってしまったので、つい横になってしまうと既に夕方になっていた。シャワーを浴びたらもう夕食。今夜は白菜のクリーム煮。


2100 久しぶりの3人での食事となった。


2230 試しにモデムを使ってネットにアクセスすると繋がった。これでイタリアでの残り3週間、ネット接続の不安が無くなったかと思うとホッとした。なでしこJapan沢選手のシュートシーンも見ることができた。今夜は安心して寝ることができそうだ。

2330 就寝


本日の航程 Taranto(stay3泊目)
本日の泊地 Marina di Taranto


今日とおった旧市街のDuomo(教会)の場所は下記のとおりです。
http://maps.google.co.jp/maps?q=40.47604,17.228622&num=1&sll=36.5626,136.362305&sspn=21.648293,28.344727&brcurrent=3,0x0:0x0,0&ie=UTF8&z=15

0530 起床。今朝は涼しくて気持ちが良い。ギリシャ時刻だと0630、早くに目覚めてしまうのはまだ時差が残っているからだろう。


今日の主な予定は4つ。
①マリーナの入港および係留手続き。
②明日のブリンディシ行きの列車の時刻を確認する。
③Vodafone shopを探す。
④Matera(マテーラ)行きのバスの時刻を確認する。


①は、昨日マリネーロに、マリーナの手続きは明日にしてくれと言われていたため。


②は、垣見艇長が明日から所用でブラジルへ行かなければならなくなり、飛行機でブリンディシからローマ経由で出かけるので、そこまで列車で移動するのだ。


③は、昨年購入したSIM Cardが期限切れだったので、新しい物を購入してネットに繋ぐため。ちなみに明日の14時には垣見艇長が出かけてしまうため、手続きに不安なので同行してもらうために午前中に行わなければならないのだが、所在地が分からないので本日中にVodafone shopを探しておく必要がある。(本日は日曜日なので定休日)


④世界遺産の洞窟住居がある町なので是非行ってみたいと思っている。ターラントからはバスで1時間50分程かかる。本数が少ないそうなので事前に調べておきたいのだ。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

0845 コックピットで朝食。今日は出航しないので久しぶりに落ち着いて食事をした。


1030 マリーナオフィスが始まったので垣見艇長が手続きに出かける。23日まで係留することも含めて手続き終了。後ほど国境警察がArco Irisにやって来ることになった。


1130 国境警察が来艇する。全員のパスポート提示し、型どおりの聴取で無事終了。イタリア南部はEU以外の艇が入港すると必ず警察が確認をしに来る。このパターンを理解していれば怖いことはない。昨年行ったチュニジアみたいに小遣いをせびったりしないし。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

殺風景なプラットホーム 時刻表のところには女の子が座り込んでいる


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

別の場所の時刻表を覗き込む垣見夫妻


イタリア鉄道ターラントへ垣見夫妻と出かける。昨晩食事をしたPonte Vecchioの脇にあるPonte di P.ta Napoliを渡り400m程の距離。歩きだすとほどなく到着。こちらの駅は改札口がないのでプラットホームへ出てみる。女の子の4人連れが、時刻表の前で座り込み込んでPCをいじっていてみることができないので他を探す。月曜日の欄に1430の列車を見つけて駅を後にする。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

運河に面し、とても立派な旧魚市場


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今は使用されていないが綺麗に手入れされていた


次にバスターミナルでマテーラ行きのバスの時刻を調べようと思ったのだがマテーラ行きのSITA社の券売所は日曜日ということでやっていなかった。他社のバスの券売所のオジさんに明日はやっているよと教えてもらった。帰りみち、橋のたもとに昔の魚市場を見つけて寄ってみた。。今は上屋しかないが運河に面し、とても情緒のあるところだった。高い屋根の下を風が通り抜けて気持ちが良い。


1335 トマトソースのスパゲッティと、バジルソースのニョッキで昼食。Vodafone shop探しは日中の日差しを避けて夕方にすることに。夕食は新市街へ行こうということになっていたのでその前に済ませようと思う。昼食後はSiesta timeとなる。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

工場地帯に暮れなずむ夕日とマリーナ風景


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旧市街の外周道路が新市街へと続いている


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崩れそうで補強したビル


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隣がいなくなったのか倒れそうで支えを入れているビル


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

海岸沿いは高くなっていて下には警察の船着き場があった


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ひたすら歩いた旧市街の側道


2000 日が沈み始めたころを見計らって出かける。まるでコウモリのような生活。旧市街の海側に沿って1km程歩く。朽ち果てたビルや補強されビル。どれも荒廃してスラム化しているような雰囲気。中に入って行く道も曲がりくねっていて見通すことができない。それが旅人を寄せ付けないような雰囲気を醸し出していた。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

真ん中で別れていて手前側にスウィングする


旧市街の端まで来るとPonte Girevole(ジレヴォレ橋)というスウィングブリッジ(回転橋)があり、Can.Navigabile(ナヴィガービレ運河)を渡ることができる。その先が新市街だった。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

橋の上は渋滞中!向かいの新市街は人も混雑していた


セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

ココはあまり賑やかではなかった通り、でもしばらく行くとプロムナードになっていて賑わっていた


橋を渡ると辺りの様相は一変し、多くの人で賑わっていた。きれいなビルにカフェやブランドショップが並び、煌々と街灯がともっている。急な変化に戸惑いながらVodafone shopを探す。畑中さんがネットで調べていた場所には無く。引き返す途中で隣の大通りから行くとすぐに発見できた。明日の営業時間を確認して、夕食の目当ての店はと向かう。



セニョリート(セニョール伊藤)の地中海 ヨット航海記

広場に面し煌々と照らし出された教会


夕食はシャングリラという中華料理店。地球の歩き方には上海と書いてあった店。値段は安くてメニューも豊富。味はまあまあといったところ。青島ビールで乾杯して点心を数皿と麺類を食べた。
小籠包にからしを付けたかったが上手くコミュニケーションが取れず豆板醤で我慢した。会計の時、コックさんに漢字を書いて聞いてみると「わさび?」なんて言っていた。イタリアの中国人は中華の調味料を知らないのかな?


2245 暗くなった旧市街沿いの道を歩き帰艇する。夕方ホースで水浴びをしていたのでそのまま就寝となった。


本日の航程 Taranto(stay2泊目)
本日の泊地 Marina di Taranto


新市街のプロムナードはこのあたりです。
http://maps.google.co.jp/maps?q=40.471371,17.243171&num=1&sll=40.470229,17.24669&sspn=0.006138,0.013111&brcurrent=3,0x0:0x0,0&ie=UTF8&z=15