私の参加しているブラジリアンクワイアが、チャリティイベントのためにロンドンブリッジそばのヘイズギャラリーというショッピングセンターでクリスマスソングなどを歌いました。ブラジルのクリスマスソングNatal do Norteなど5曲ほどを歌いました。
私ははっきりいってクワイアの新メンバーなので、ほとんどの歌は知りません。
でも、このクワイアのマエストロ (ブラジリアン)が
「君はプロフェッショナル・シンガーだ。出来ると思ったら全部の曲に参加してもいいんだよ」
と言うのです。
その言葉に私はちょっぴり自信を取り戻して、結局、ソプラノのパートで最後まで殆どの曲に参加して歌い終えました。
マエストロが私のタイプ(ハート)であることはまちがいないのですが、それ以上に、私は彼から多くのことを学びました。彼は比較的この筋では有名なミュージシャンです。
まず、音楽、とくにブラジリアンミュージックに対する基本的な姿勢というのでしょうか。
日本人はわりと理論から入って、語ってしまうところがあるような気がします。本当のブラジリアンは、理論ももちろん大事だけど、まずは演奏する本人たちが「この音楽への愛」がなければ駄目なんだ、ということを教わりました。
ブラジル音楽は「演奏する人が心から楽しんでやる」ということが一番大事な気がします。これは私もライブで実践してみたりしています。私はこの音楽が大好きで歌っているんだと、お客さんみんなに伝わるように・・・・。
あと、日本人の歌手にはもともと表現力がありません。
私が日本を離れるころ、MisiaがすごいということでJ-Waveなどでよく流れていました。こっちに住み始めてから聞いてみると、声量や音域の幅はたしかに日本人としてはすごいのですが、やっぱり表現力が足りないのです。
こちらの歌手は、ものすごい表現力があって、人々はそこに感動したりします。日本人は表現力よりも、歌詞に感動したり、歌い手のルックスで音楽の志向を決めている人が多いと思います。
例えば日本にもたくさんいるボサノヴァの歌手なんかは2~3曲くらい聴くとはっきりいって飽きてしまいます。そんなことはないよ、全然飽きないよ、と言う人がいたら、それはコアなボサノヴァ・ファンであって、CDで聞くならまだしも、ライブに足を運んでボサノヴァを聞いても、普通のお客さんなら途中で眠くなるのです。
そういう音楽なので仕方がありませんが。
でも、私はこのマエストロから、それは音楽としてどうなのかな?という大きなテーマを投げかけられました。ボサノヴァはこう歌わなくてはいけない、こういう曲でなければいけない、というのが自分を含めて日本人の中には固定観念としてあるような気がします。
彼はもっと自由に表現しろと、私に教えてくれました。自分でその曲を理解して、自分なりの表現で歌って良いのだと教えられてからは、ストーンと楽になりました。
ここは英語圏ですから、ポルトガル語の曲を歌詞で理解できる人は多くありませんから、歌い手の表現力で人をひきつけるしか方法がない、というのもあると思います。それは日本でも同じ状況で、ポルトガル語の歌詞で歌うなら、もっと歌い手が曲を表現しなければ、ボサノヴァ=イージーリスニングで終わってしまうのではないでしょうか。
これを最初のレストラン・ライブで悟っていたら・・・とちょっと後悔してます。あのライブはアシッドジャズから転向して、私がボサノヴァバンドのボーカルとして歌った最初のライブでした。その頃は、私の中は理論と固定観念でいっぱいで、頭が固かったと思います。おかげで自分でも満足の良く内容にはなりませんでした。
今は歌うことが本当に楽しくて仕方がないのです。
ジョビンの曲を聞いても、こう歌いたいとか、他のボサノヴァ歌手の曲を聞けば、私ならこういう風に歌うなーっていつも考えています。
私は本当にボサノヴァとジョビンを愛しているのですよ、ええ。そこに気がついて、やっと原点に立ったような気持ちです。
まあ、これは歌い手からの視点、ということになるでしょうね。
日本でどんな反応をされるのか、怖いもの見たさで一度、日本でもライブをしてみたいと思っている今日この頃です。