兄の死を知ったリンは、翌朝一番の飛行機に乗り、地元の実家へ向かいました。

実家は数年前に引越しをして、リンが生まれ育った場所ではなく、新築の市営住宅でした。


リンは10年振りに母に会いました・・・。


久しぶりに母を見ますが、見た目は昔とさほど変わらず、少し痩せたかな?というくらいです。

年齢は63才なのですが、相変わらず明るい茶髪で服装も土派手・・・。

子供の頃リンは、そんな派手な服装をする母が、とっても恥ずかしく、嫌でした。

しかし、リンも32才になり大人になったのでしょうか・・・、母の姿を見ても、昔みたいに嫌な感じは全くありません。

むしろ年齢より若々しく、明るく元気そうに見えて安心しました。


そんな母は、若い頃からとても華やかな世界で仕事をし、地元の繁華街で数件の飲食店を経営していたのです。

ですが、兄の死によるショック・・・、そこそこの高齢・・・、娘は行方不明・・・、と言う理由で昨年お店の経営はすべて辞めいました。

30年以上も続けていた商売でしたが、パッと簡単に辞めたらしいです。


辞めたお店の中には『リン』という名のスナックもありました。

母が、大人になったリンに商売させるつもりで創ったお店です。

しかし、そんな母の思いを裏切り、父が死んだ16才の時、さっさと実家を出て男と暮らすリン・・・。

それから数年間、父の命日以外、滅多に実家を訪れることはありませんでした。

実家の近くに住んでいながら・・・。

遊びに夢中で、えげつなく親不孝な娘でしたね。


商売を辞めてからの母の生活は、借金こそありませんが、貯金も無く、とても苦労していたようです。

結果、親戚からの援助も拒んで、生活保護で暮らす孤独な老婦になっていました。

20年前に建てた持家も有りました。借金も無く、生活水準も少々良い暮らしをしていたのに・・・。


生活保護・・・。


そこそこの繁盛店を経営していたのに貯金が無い・・・?

なんだかおかしいですよね?

それには勿論理由があります。


まず、リンが車の免許を取った18才頃、一緒に暮らす男の為に次々と借金をしてしまい、莫大な金額でとても払えない状態になりました。実家に掛かってきた金融会社からの電話で母にバレてしまい、その借金を全部清算してもらいました。

死んだ兄も21才で結婚しましたが、24才で起業した仕事で大失敗をし、母のお金で清算しました。

その後も、リンと兄は何度も何度もお金に困ると、母にせびり大金を出させたのです・・・。

母が長年に渡り一生懸命稼いだ財産と、父の死亡保険金は、産んでしまったデキの悪い二人の子供達によって、すべて使い果たされたのでした。


「今の生活に満足してるから、リンは心配することないからね」


その母の言葉に、また涙が止りません。

リンは昔から口うるさい酒飲みの母の事があまり好きでなかった・・・。

しかし、もうたった一人になってしまった家族です・・・、これからは私が守って大事にしなくては、という思いにかられました。

兄の死に目にも会えず、親不孝を重ね続けたましたが、もう母に悲しい思いをさせたくない・・・。


16才で家を出てから初めて、母親と素直に優しく話すことができました。


尽きない会話をしながら、父と兄が眠るお墓へ向かいました。

お墓を目の前にした瞬間、途轍もない悲しみに涙が溢れ、泣きながら何度も誤り続けました。


「お父さんお兄ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい、こめんなさい・・・、夢で教えてくれてありがとう・・・、これからリンがお母さんを大事にしますから安心して下さい・・・」


リンはしばらくお墓の前から離れる事ができませんでした。

人生でこれほど悲しい出来事は、きっともう無いでしょう・・・。

ケンジの暴力でもこんなに泣いた事はありません。


この、胸が締め付けられるほど苦しい悲しみを乗り越えると、乗り越えたその時から何でも前向きに出来る気がします。


それから数日実家に泊まり、母と会わなかった10年間の話をじっくりしました。

間違いなく心配されるのでDVの事は打ち明けません・・・。

「今の生活は幸せだよ」

と、ささやかな嘘もつき母を安心させたのです。

今後、母とはいつでも連絡がとれるし、帰る場所がある安心感でとても心が満たされました。


今回、兄嫁には会いませんでした。

兄の死を教えてくれて、母と連絡を取れるようにしてくれたのは感謝しいています。

しかし、兄の葬儀が終わってから、信じられない酷い言葉を数々母に言い放ったのです。


「お母さん、香典は?」

自分が産んだ息子ですよっ!必要ないのでは・・・。


「お母さん、お兄ちゃんの保険金、たからないで下さいね」

生活保護で暮らしているが、母は人のお金をたかるような乞食じゃないっ!


「お金がないから、落ち着いたらすぐ働かなくちゃ」

兄の生命保険金は5000万+2000万

新築で購入したマンションローン3000万契約者死亡につき支払免除、

子供2人の育児年金、

再婚しなければずっと貰える遺族年金、

ざっと計算しても兄嫁には1億以上の財産あるんですが・・・。

32才の死。兄は、その年代で十分家族に残したんじゃないんですか?

お金がないって・・・。


ものすごく腹立たしいです。

兄嫁と母は、兄の葬儀から会っていないそうです。

そのとき居なかった自分にまた後悔しました。


今は、兄嫁に暴言をはかれコケにされた母を慰めることしかできませんが、

「リンが沢山お金を稼いで、そのうち見返してやるからね」

この件で一気に仕事の意欲がわいて来ました。


「とにかく少しまとまったお金ができるまで、ケンジの家で頑張ろう」


このまま悪魔の館に帰らず実家にいようか迷いましたが、生活保護で暮らしている母に迷惑がかかるので、とりあえずケンジの家に戻ることにしました。



この日を境にリンは、どんな事があっても殺されない限り、なんでも我慢して貯金に励もうと思うのでした。