2013年8月3日に「犬を飼うということ」題で2013年4月26日にボスが虹の橋へと旅立って行き、その後にボスを思って書き、2018年8月31日 一葉の脾臓腫瘍の術後の抜糸で止まったまま。
Instagramを始めてからはほとんどブログは書かなくなっていたけど、ボスと一葉の思い出の詰まったブログ。
最後に一葉の事を書き残したいと思います。
2021年12月1日 一葉が15歳と8カ月で虹の橋へと旅立ちました。
この1年は不思議な時間が流れ、1カ月しか経っていない時には一葉と暮らしていた事が10年も前のような感覚になっていました。
亡くなる2年ほど前から体調が優れない事が多くなり、甲状腺機能低下症が発覚。
その後すぐに口腔内に腫瘍が見つかり、14歳で手術を受け幸いにも腫瘍は良性でした。
内臓機能の数値も少しずつ悪くなり、2021年8月に肝臓に10㎝ほどの嚢胞があることが分かり、色々と手を尽くしましたが嚢胞を切除する手立てはありませんでした。
肝臓はほとんど機能していなのではないかと言われる中、溜まった水や血を抜き、皮下点滴をし、沢山の薬を服用し病院に通う毎日でした。
1年前の今頃は一葉には辛く厳しい時でした。
亡くなる2週間ほど前に脳からではないかと言われた、発作があり自分では立つ事が出来ない状態となり、自力ではお水を飲むことも移動することも出来ず、カートの乗せてもカートの中で伏せの体制を取ることも難しく、毛布やクッションで支えてカートに乗せていました。
自宅にいる時は横になる事が出来ず、ずっと伏せの状態なので後ろ足に体重がかかってしまっていること、同じ体制でしかいれないこと、オムツ替えをしようとするときに少し体制が変わるととても苦しそうにすること、食事の体制などが心配でリラクッションを購入して、伏せたままの状態を少しでも減らせるようにしていました。
小さいころから下痢をした事がなかった一葉が下痢を繰り返すようになっていましたが、亡くなる前日にはすごく立派なうんちをして私を喜ばせ、辛い状態なのに最後の日までご飯も食べていました。
今まで何度となく今日でダメかもしれないと覚悟した日があったのに、この日だけ一瞬もそんな事思わなかった。発作で辛そうな一葉の発作は止まり、また明日も一緒にいれるとしか思わなかった。
仕事を辞めて一葉とずっと一緒にいる事を決めたそのさなかに介護なんてさせてもらえぬまま逝ってしまいました。
2005年10月に東京に来て、4歳のボスと一緒に住む事になり、2006年7月に2カ月半の一葉を我が家に迎え、2匹との生活がスタートしました。
ボスと一葉は最後まで決して仲が良いと言える2匹ではなかったけど、たまに見せる2匹での微笑ましい姿に癒されました。
一葉は小さい頃はどんな犬とでも仲良く遊べていたのに、1才を迎える少し前頃から他犬とは仲良く遊べなくなってしまい、ボスとは叶わなかったドッグランの夢も儚く散りましたが、人間には誰にでも懐っこく、沢山の方々に可愛がっていただきました。
一緒寝る毎日でしたが、お客様がくるとお客様と一緒に寝たがり、お散歩も誰とでも楽しく行き、絶対に私じゃないとダメ!みたいなところがないのは飼い主としてはちょっぴり寂しい反面オモロ可愛いところでした。
どうしても動物病院に預けないといけない事が何度かありましたが、病院大好きっ子は楽しく過ごせているようで安心も出来たし、迎えに行くと100年ぶりに会ったかのようなあの喜びをみせてくれるのも嬉しかった。
吠える・怒るということがなく、聞き分けが良く一緒に暮らして困ったなと思う事がなかった一葉。
ボールが大好きでお家や公園でたくさんボール投げして遊び、一緒に行けるところは沢山一緒に出掛けました。
ぬいぐるみをモフモフする姿はとにかく可愛くてたまらなかった。
とにかく元気いっぱいだった一葉がシニア期に入り、少しずつ時間をかけて老いていくのが私にも分かりました。
ゆっくりゆっくりと願いながら
いつかは訪れる別れを恐れるより、一緒に過ごせる日々を大切に
飼い主にとっては最後を看とれないほうが不幸であって、看取れることこそが幸せ そう思いながら。
ゆっくりと時間をかけて別れる準備を一葉はしてくれました。
一緒に楽しい時間を過ごし、沢山の愛おしい時間をくれたいっちゃんに感謝の気持ちでいっぱいです。
1年経とうとしている今、我が家に新しい家族はまだいません。
一葉がいなくなって、悲しいからじゃない
また犬と暮らして亡くなる事が怖いからじゃない
今の自分には新たな命を預かる準備がきちんとできていないと思うからです。
いつかまた犬と一緒に暮らせる日が来る事を願っています。
2021年12月1日 午後 生前最後に撮った1枚です。
おわり













