はじめまして!
ぼうしやと申します😁
これから、プラモデル作成工程を投稿していこうと思います!主に、自分のモチベーション向上の為です😅
他の人に見られているという意識だけで、手の抜きどころを失って気の引き締めにもなりますからね。
さて、今回作っていくのは艦船模型!
大日本帝国海軍の軽巡洋艦阿武隈です!
この名前を聞いてパッとくる方は少ないかもしれません😣第二次世界大戦といったら戦艦、航空母艦、戦車、戦闘機が圧倒的人気ですよね。そんななか巡洋艦はいまいちピンとこないというかなんというか…戦艦の劣化版みたいに思われている節もあるみたいです😥
実際は戦艦の役割と差別化できていて、艦砲による攻撃、強力な雷装に、対空射撃をいかし、戦闘はもちろん輸送任務などなんでもできる器用な艦種だったんです!
大日本帝国海軍の所属艦ではないですが、米国や欧州で建造された巡洋艦は第二次世界大戦後のミサイル技術の発達後はかつての巡洋艦はミサイル巡洋艦として生まれ変わり、長寿でもあったそうです😆
それで、今回作る軽巡洋艦阿武隈ですが、大日本帝国海軍の巡洋艦の名称はいずれも川の名前が由来します。阿武隈の場合、福島県と宮城県を流れる阿武隈川から来ています。
阿武隈は1925年5月に二等巡洋艦長良型6番艦として浦賀船渠で就役しました。しかし、この阿武隈、なかなか運が悪いようで、1923年9月の関東大震災の影響で完成が遅れたり、1930年には衝突事故で艦首を損傷。太平洋戦争開戦前には阿武隈以外の長良型が第一線から外れるのに対して、阿武隈は改修を受けて第一線へ…😣軍艦によっては栄誉かもしれないけど…
という、不幸を乗り越えた阿武隈は開戦後、第一水雷戦隊の旗艦になります。第一水雷戦隊が解散されるまでその座をどの艦にも渡さなかったエリートです!😳第二水雷戦隊の神通に比べると影が薄い…
そして、私が考える阿武隈の一番の見せ場!奇跡の作戦「キスカ島撤退作戦」では木村少将の指揮下で、キスカ島に取り残された5000人の兵隊を損害ゼロで撤退させるという偉業を成し遂げました。
ちなみに、このキスカ島撤退作戦に同じく参加していたかの有名な駆逐艦島風は島を敵と勘違いした見張りの誤報によってものすごく高価な酸素魚雷を島に向かって発射してしまいます。
それを皮肉るように阿武隈の水雷長は
「一番が敵だ敵だとわめき立てあっと打ち出す二十万」
という面白い歌をうたっています。
軽巡洋艦阿武隈に興味をもっていただけたでしょうか?阿武隈は語るに深すぎてここで書いてしまうと長くなってしまうので、あしからず😢
プラモデルの投稿なのに、かなり脱線してしまった!😨
阿武隈はおそらく明日から作成開始できると思いますので、よろしくお願いします!
それでは、また明日!😆