熱田さんの珍宝館じゃなかった、宝物館。
引き戸を開けて、すれ違いに出てくる客を押し退けるようにしながら中に飛び込むと、待っていたかのように白い割烹着を着た中年男性が、クイズミリオネアのみのもんたそっくりの顔でこう言った。
「今日はおしまいなんですよ~」
へなへなと床に座り込んでしまいそうな下半身を叱咤して踏みとどまり、諦めきれ無い僕は食い下がった。
滅多な事ではこんなことをしない、普段は必要以上に潔い僕だったが(へたれとも言うが)、今回ばかりは躾けの悪い子供のように駄々をこねた。
「この店のひつまぶしを食べるために、熊本から車を飛ばして来たんです。○○○Km/時で」
熊本と聞いて、彼は目を剥いた。もしかしたら驚いたのは熊本の部分ではなくて○○○Km/時の部分かも知れない。とにかく彼は驚いた様子で「少々お待ち下さい」と言って、店の奥へと入っていった。
待っているその時間の何と長かったことだろうか。二時間も経ったかと思われたその時(実際は二、三分だけど)、さっきの男性が戻ってきて、今度は徳光和夫のような笑顔でこう言った。
「お二人分、なんとか用意できますので、お二階へどうぞ」
駄目だと思ったのに逆転でうまくいった事ほど脳内快感物質を放出させる事はないのではないだろうか。
食べ終わってしまうのがもったいなくて、ゆっくりゆっくりと僕らはまさに噛み締めるようにその一杯を食べた。以前食べた時よりも心なしか塩味が強いと感じたのは、もしかしたら涙のせいかも知れない。もしくは鼻水のせいか。
舌鼓を打ちながらすっかり食べ終わり、あーうまかったなどと今度は腹鼓を打ちながら(普通は狸でもない限り打たないが)、何かを思い出した。食べている途中でも何か忘れているような気がしていたのに思い出せなかった。その何かとはそうだ、しまったボーズを忘れていたのだ。可愛そうに。
丁度食べ終わってから思い出す辺りがご都合主義だなあと自ら苦笑いしつつも、急いで勘定を済ませて車に戻った。
彼は待っていた。文字通り首を長くして待っていた。車の窓から身を乗り出すようにしながら、小さな体を精一杯伸ばして、僕らが戻るのを待っていたのだ。
何とイトオシイ。もう二度とこんな思いはさせないぞ!そう心に誓う僕らだったが、その誓いが守られたのも、千葉に辿り付くまでのわずか数時間だった(笑)。
車に置き去りにされたボーズ(写真まで使い回し)(笑)
「残念ですけど~」
割烹着の彼は追い討ちをかける。何と残酷な。