1999年の大晦日。


2000年問題が叫ばれてた前夜。


パソコン持ってたけど、別に不安なんて無し。


先に2000年の元日に日付合わせてたさかい(笑)。


な〜んも無かった


せやから何も心配する事が無かった大晦日の夜。


生コンクリート工場のプラント清掃などをして帰宅。


大晦日の夜も、普段と変わらぬ貧相な御飯(涙)。


でも、年越し蕎麦は買うて食べた。


土用の丑の日の鰻は無理やったけど、蕎麦くらいの値段なら踏ん切れた(笑)。


年越しそば食うて、後はラジオを聞いてた。


我が家にはテレビ無かってん。


これは、買うカネ無かったからや無い。


元々テレビ見る習慣が無かってん。


中学生に上がったら、親から


「テレビ見んと勉強せえ!」


言われ続けてたさかい。


但し、我がの部屋でラジオ聞いてたねん。


それ以来ラジオ派やったから、進学した際にテレビは買わへんかった。


中学生2年生でNHKにドハマリ(笑)。


それ依頼、ずーっとNHK派。


せやから、テレビなんて必要なし。


テレビ無ければビデオも無し。


エロビデオとは無縁な生活やってん(笑)。


大学卒業後は地元へは帰らず、その地域に就職。


そして、新社会人になって初めての正月。


帰省なんかせんと一人で正月を迎えた。


学生時代も地元には1回だけしか帰らへんかってん。


1回生の時の9月20日。


特急電車やら新幹線やら在来線やらで帰省した。


元々は「乗り鉄」系の鉄道マニア。


せやから、帰省手段は鉄道一択やってん。


料金は少し張ったけど、好きなことにカネ使うんやから自己満足(笑)。


ところがなぁ・・・。


帰省したら怒られてん


「お前、何で帰って来たんや?」


「電車やで」


「夜行バスの方が安いのに、何で電車で帰って来たねん!お前アホか?」


阪神淡路大震災の影響で職を失うた父親が言うたねん。


「いやいやいや、お前カネ出してへんやんけ!」


帰宅して数時間も経たずに大喧嘩。


速攻でUターンした(笑)。


文句言うんやったら、ちゃんと仕送りなり授業料の支払いなりせぇって!


カネは出さへんけど口は出すって最悪やろ?


アホ親父、当時なんて新しい会社も見つけんとプラプラしててん。


ハローワーク行ったらナンボでも仕事あったんやで?


それやのにやなぁ。


「こんな仕事はワシがすべき仕事とちゃう!」


とかヌカしてたらしいわ。


結局、その年の年末まで遊び呆けてたみたい。


情けないヤツやで、ホンマに。


そんな事があったさかい、結局は二度と実家には戻らへんかってん。


新社会人になっても然り。


寂しい年末年始やけど、実家に帰るよりマシ。


せやから静かに自宅で過ごしてたら・・・。


1歳上の兄貴から電話が。


どうも実家に帰省したらしい。


私だけが帰って来おへんかったさかい、偵察も兼ねて電話して来たんかな?


滅多にどころか、6年ぶりに会話してん(笑)。


「□□、帰って来ぉへんのか?」


「仕事忙しいから帰らへんわ」


「□□、何の仕事してん?」


「コンクリート製品の営業してるわ。兄貴は?」


「◯◯高校で学校の先生してるで」


「何教えてん?」


「化学の先生してるで」


「目に見えへんモン教えて詐欺師みたいやなあ」


ここまでは普通の会話。


この後、衝撃の事実を知ったんよ。


私とは別の地方の国立大学へ進学した愚兄。


1年留年して私と同じく99年3月卒業。


それだけやったら納得できる。


この愚兄に対してウチの両親は・・・。


5年間仕送りし続けてた


この愚兄、学生時代は塾で講師のアルバイトしてたらしい。


103万円の年収制限を超えても、偽名か何か使うて塾の経営者に誤魔化して貰うてたらしい。


就職活動もキチンとやって、名の通った学校に就職出来たって。


アカン、こんなんひがんでも一緒や。


でも・・・なんなん、この差は?


ウチのアホ親父、会社が倒産して失業しても仕送りし続け出たみたい。


後で知ったんやけど、母親の給料から出してたってさ。


長男やから

っちゅうだけの理由で


で、愚兄には私の事は変に伝わってたみたい。


「□□、おとん助けるために夜学に進んだみたいやなあ。そんで、仕送り断って働いてたらしいなあ。ホンマ親孝行なヤツやなあ。」


前にも言うたけど、私の両親世代って見栄っ張りばっかりやからなあ。


せやから、我が等に都合のエエ様に言うてたらしいわ。


東北のド田舎から集団就職で関西に来たアホ親父。


保守的な思考の持ち主やったさかい、長男第一主義やった。


子供の頃から、そやったもん。


ひがんだらアカンのやけど、時間は戻されへん。


兄貴の給料は25万円・・・やった記憶が。


一方の私は、時給650円の世界。


しかも、工場作業員やのに見栄張って営業ってヌカしてもた(笑)。


給料聞かれたとき。


恥ずかしかったさかい、親ゆずりの見栄を張って


「給料は18万円」


言うたらな。


「バイトの給料と変わらへんやん(笑)」


鼻で笑われたわ。


過去を後悔しても一緒。


前を向いて歩まなアカン。


悔しすぎた大晦日。


プライドが高い訳やないけど、あの日の悔しい思いは今でも忘れてへん。


そんな99年12月31日の夜やった(涙)。