にんべんに、つくりは農、という漢字に引かれていった。一人称を儂ということで、超短編(ショート・ショート)を書こうと、おもう。
小さい頃、儂の父の実家近くの田んぼのあぜ道の小さい土手のようなところで縄文土器のかけらを見つけ、我が家に持ち帰った記憶がある。その行為は一度きりではなく、継続的にしていた。なぜ、そのようなことをしたのか? その訳はすっかり忘れてしまった。一応、大学を卒業し、20代後半に「文明の創造」という言葉を知って、生来の「軽薄」な性向がけん引して、転職感覚である宗教組織の専従になった。確か33歳。その後、己の「軽薄」に上塗りされた「あいまいさ」に気づき、58歳でやめ(宗教組織の中にいるのが嫌になった)、65歳までの儂をハンポ、それ以降をイッポと称して、そのキャラが時に会話しながら、新しい自分づくりを短い小説に託したこともあった。73歳になって、老いを受け入れなくてはならない自分に苛立ちながら、ドキュメント番組やアマゾンプライムビデオから、いろいろな気づきを与えられる、そんな日々を送るようになった。
ごく最近、2025年の映画「宝島」、そして2023年の映画「スクロール」をみて、前者は、頷くことが多く、後者は、よくわからない、という儂自身があって、ふと、「排他的行動をとらない」というフレーズを、思い出した。時代、世代の違いを意識しないで、と、ハンポ時代の儂の「軽薄」「あいまいさ」も、イッポという新しい自分(生き方・考え方がハッキリした自分)も、両者あっての今の儂で、いいのでは? そのほうがいい? と。そして、儂がつかんだかけがえのない言葉『ひな型観』(どんな人間でも見えざる世界から与えられた使命役割がある・世界と個人は繋がっている)ということと、『浄化作用』(すべての苦しみや痛みはよくなるための浄化作用)が、彷彿と喜びとなってあらわれ、気持ちがスッキリしていった。
ジュークという魂をもった神人合一者は、志那系でもなく、朝鮮系でもなく、騎馬民族でもない、農耕民族でもない、民族同士に争いを嫌って逃げ惑い、どこからともなくやってきて、やがて日本列島に定住した純日本民族が、縄文時代に日常的に行われていた「手かざし」、いわゆる祈りのパラドックスを、昭和の時代に発見し、完成に導いたと、信ずる。そして、儂のちっぽけな魂は、その土偶、「手かざし土偶」を見つける使命役割をもって生を受けたと、信ずる。
以前「未知の九」という短編を仕上げた時、いずれ東北地方(みちのく)の縄文遺跡を旅して、「手かざし土偶」を発見しようと思っていた。が、儂の父が亡くなって50年という節目に、ふと、東北ではなく父の実家近くに眠っているかもしれない…儂が子どもの頃、そこで縄文土器を掘っていたのは、60年という時を待って、いよいよその使命役割をなすためだったのかもしれない…そのような軽薄であいまいで無垢なおもいは、儂のもって生まれた性向で、「軽薄」も「あいまいさ」も、儂にとってはかけがえのないものであって、新しい自分づくりをなしとげた今、過去の自分と新しい自分を一つにした儂こそが、これからの我が魂の進歩向上にとって、「手かざし土偶」との出会いにとって、必要不可欠のように、思えた。そうは言っても、みちのく、にも、縁があることを忘れてはならない。岩手と山形、もしかしてその地域の縄文遺跡に、眠っているかもしれない、と、改めて、そう言い聞かせた。
最近、テレビで過去上映された映画やドラマをみる機会が多く…その中でも、こころから感動する儂自身をみるたび、おもう。儂は、台湾、沖縄に縁がある。縁といえば、いとしき魂たち(4人の子どもたち)を想うたび、とりわけ、岩手、山形には…にも縁がある。そうなると、愛知、愛媛、宮崎、熊本、石川、福井、を、加えて…特に、愛知は…《やり残していること②》の主題になる…儂の短編に必ず出て来る「運命のピエロ」、自作フォークでは、「ネモハモパーポ」それを改名して「カキノミ&アマグリ」、そのひとと儂との、デュオ名で…儂が勝手にデュオにしているのだが…ある映画から、これから「ヨウさん」と呼ぶようにしたいと、これも身勝手におもってしまった。《やり残していること②》は、その「ヨウさん」と儂のことを中心に、愛知、台湾、沖縄、愛媛、宮崎、熊本、石川、福井、を、書く…。
〈了〉