【こころづくり】

   手持ちの三冊の資料(冊子)の中に、何で、前書き(プロローグ)があって、後がき(エピローグ)、がないのだろうか? と疑問視していた。が、そのわけを、自分なりに納得することができた。それは、前書きには、「敬愛する…ひと…」のお言葉を中心に整理した意図が書かれていることは理解できていた。疑問視したのは、後がきがない、ということはどういうことなのだろうと。そのこたえが、自分なりに気づいたとき…それぞれの読者にこたえを委ねているという配慮…改めて一冊ずつ、冊子を読んでの自分なりのこたえを見いだしたくなり、再度読んでみた。2003年6月15日付けの冊子(早期退職前にいただいたもの)では…2002年6月9日に「世界的大浄化の型」が現れたことをもって、「世界的浄化作用」の覚悟と、そのことに向かうわたくし自身が、これからさせていただくこと、それがよりハッキリした。2023年12月8日付けの冊子(昨年大先輩からいただいたもの)では、「敬愛する…ひと…」の説かれたお言葉…《宗教ではない》《一つの宗教形式》《それを利用》《最も新人にならなくてはならぬ》《芸術を通して人間の獣性を抜き品性を高める》…によって、遊行期の自分づくりに向かう方向を、よりハッキリすることができた。2024年9月25日付けの冊子(今年1月16日にスタッフからいただいたもの)では…《新人たれ》を拠り所に、「受容と共感の姿勢を持って傾聴し、寄り添う」ことで、気長に、自らの魂の進歩向上をこころがけていくことが、ハッキリした。

   箱根の、さまざまな人々、誰しも(万人)が参加することができる最終建設への『こころづくり』も、できた。「敬愛する…ひと…」の最晩年、昭和29年12月11日のお言葉…《一人でも多くの人々に、天与の景勝を楽しんでもらいたい》…を、身勝手に自分の言葉にしてしまい「大衆化路線」と。小論文《私というもの》の中にある…《若い頃から人を喜ばせることが好きで、ほとんど道楽のようになっている》…を、これも身勝手に「道楽感覚」と、表現した。この「大衆化路線」「道楽感覚」を、《神様に対する奉仕に働きのあった者》として、わたくし自身への星をみつめるような願い(望星)にしていこうと、おもった。自らが《天国人たる資格者》となって、《その型の拡大》をすすめ、更には、身勝手な自我を承知の上で、《神様に対する奉仕に働きのあった者》への『こころづくり』をもって、この大経綸におつかいいただこう、と、おもいが固まった。

 

2026年2月17日