父は緊急入院をして、あれよあれよの闘病生活が始まりました。

頸部食道がん
リンパ節転移
肺転移

ガーーーン
ガーーーーーーン


声帯を取ることになるのでオペはしない。
したくない。

と、いうより選択の余地なし。
放射線と抗がん剤治療になります。




●う○ち


食道からは わずかながらの水分摂取のみ。

栄養はどうとるの??
すべては点滴から・・。
中心静脈から、水分・栄養・薬なんでも入れちゃいます。(摂取できます)

入院して何日目かのお見舞いで、体の具合を聞いているうちに 便通の話になった。

父:「もう出ないよ。だって食べてないもん。」
私:「・・・・。」
私:「いやいやいや、出ますよ、う○ち!」

固形物を食べないとう○ちは 出なくなると思っていた 父(笑)




●眠剤

がんを告知され 眠れない日々が続く。
母やわたしもそうだ。
父は(母も) この病気を患う前から眠剤は使用していたらしい。

薬を噛み砕いて とろみをつけた水でだと 飲み込めるらしい。

あまり早く服用して 夜中に目が覚めるのが嫌だと思った父は 22時頃に飲もうと、、、、、、
こっくりこっくりしながら 22時を待っていたらしい。

眠剤をのむために眠りを我慢する。

ウケたわ~。




●いびき

同室の患者さんが かなりのいびきだった夜。
たまらなくナースコールを押したらしい。
相手には 首をキュキュッと向きをずらし。父には 点滴ルートの結合部分から注射器で眠剤をピュッと入れてもらい バタンQらしいです。
目覚めはよかったらしい。



現在、

放射線治療20回を終了し、抗がん剤治療2クールをこなしました。
1ヶ月ぶりにゼリーで嚥下訓練を開始。
ゼリーはもう飽きたと先生に伝えると、7分粥とミキサー食に変更。

父:「俺専用の食事のメニューになった。涙が出そうです。かなりの量だったけどほぼ完食です。」

写メが送られて来ました。
私は涙がこぼれました。

そして昨日、腸から栄養をとるべく  胃ろう造設したところです。



しかし私は、今月は一度も お見舞いに行けてません。
なぜなら、
我が子が 幼稚園と小学校でそれぞれインフルエンザをお持ち帰りしたから~。

兄弟で移ったのでは??
ノン ノン。

長男はB型、次男はA型だったのです。
移し合いにはならず なんとか このまま終息していただきたいものです。


父~ がんばれ!
先週プレゼントしたミニキーボード(カシオSA46)、楽しんでるみたいで良かった。
今日は 子供たちは主人にお願いして 母を迎えに行った。
実家に着くと 兄の車が停まっている。
昨日 そのまま実家に泊まったようだ。

父が兄になにやらお願いごとをしていた。
雪かき(除雪)と年賀状作り・・・。
宛名書きは母がするから 表面だけでもプリントして欲しいとのこと。

暮れも迫ってきているので気がかりだったみたい。
それすらも 母は生前整理のような気がして、胸がギュッとなるようだった。

10時の面会時間に合わせて行く。
兄たちが帰った後 この日は午前が男性の入浴時間なので父は点滴をはずしてもらい準備をする。
母はバスタオルやら洗面道具を準備する。

病室で「行ってらっしゃいパー得意げ待ってるね~」くらいの気持ちでいた私。
だけど洗面道具を持ってピッタリと寄り添いながらシャワー室へ向かう母。
私:「そっか、場所はどこかな~?」 ふたりの後を追いかける。
母:「ここがね、洗面所で頭が洗えるとこもあるの。そしてここがお風呂ニコニコ」得意気に教えてくれます。
そして扉を開けてあげる母。
父:「じゃ、行ってくるから ゆっくりしてて~かお

私:「しっかし仲いいよね、どこまで着いていくかと思ったよ。」
母:「そう?背中こすってやろうかと思ったけど 洗面道具パッともってたもんねべーっだ!。」

天然というのかなんなのか・・笑える。



・タオル

ひとっ風呂を浴びてきた父。
父:「さっぱりしたわ~!」
その姿は 素肌に病衣。
インナーシャツと洗面道具を小脇に抱えて帰ってきた。
そして 洗面道具の中のタオルはビシャビシャ。
母:「なにこれ?まだ絞れるでしょ。」
室内の洗面台で母が絞る。ジャッジャと聞こえる。
思春期の娘がみたら 「さいあくぅーー」と敬遠されそうな 姿。
だけど、30代半ばの娘から見ると コミカルでかわいいなぁと思った。

しかし・・・、タオルの絞りかた 気になるな・・・。
握力やらしびれやらなんかあるのか・・??
自覚症状はないみたいだけど。



・点滴あるある

ベッドからナースコールを押す。
看:「どうされました?」
父:「お風呂から 戻りました。」

点滴をつなげにNSが来て 処置してくれる。
そして11:30の 血糖値を計るとのこと。
指先にバシッとするとプクッと血が出てそれをろ紙に染み込ませる。
94。
父:「昨日は100だったけど・・・(正常値かい?)」
あめは舐めてもいいのか?、、ポロポロと質問している。
私:(いいぞいいぞ、思っている事はなんでも聞いた方がいいよね。)

処置が終わり・・・

父:「さっ!シャツ着るかな。 あっ!! 着れない!!!」
軽くパニクる二人。
その姿も面白くてさー(笑)
私:「大丈夫だってにひひ先に点滴を通して~~っと、次に腕を通して頭を入れてっと・・ほら出来た!」

これ、やったことある人いるよね~にひひ



・ランチタイム

父の部屋は4人部屋 父以外はご飯は食べられるらしい。
父:「ご飯の時間になったら ビシッとカーテン閉めちゃうもんね。」

そして、この時間に昼寝をするらしい。
昨日 母も お弁当を食べた後2時間くらい院内をブラブラしていたみたい。
そして戻ったら ベッドに丸くなって寝てたんだよって話す。

今日は母と二人で ゆっくり話す。
・手続きだなんだと 大変な事 不安をいっぱい抱えていること。
・なぜか急病人に出くわすこと(母)。
・歴代飼っていた動物達の話。

母は自分で
母:「私って世話焼きなんだよね。悪く言えばお節介になるのかなぁ~。よく話しかけられたりもする。」

以前 温泉(スーパー銭湯)に行くと、隣のおばぁちゃんが 「タオルを絞ってくれませんか」って話しかけてきたらしい。快く絞ってあげる母。聞けば、腕を骨折していて 旦那さんと来たけど「誰かにたのめ」って言われていたみたい。そんな話を聞くと可哀相だもんねー。
母:「体も洗ってあげて 頭もしっかりと洗ってあげたら喜んでたんだよ~ニコニコ洗面道具も整理して洗ってあげた。」

さすがです!これが私の母です!!



・母の誕生日

明日、21日は母の誕生日。
父:「お金で渡すわけにいかないしなぁ。悪いね。 あっ、下に花でも売ってるかな?? あしたも来るかい?」
母:「くるよ~ でも検査とかあるから 午後ね。洗濯物も洗ってくるから。」




父と母のすべての会話が愛おしい。

 
昨日の診察の後、父は緊急入院となりました。
病名は「食道がん」。
はっきりと告知されたようです。

その晩に父の兄弟、身近な親せきに伝えたようです。

そして今日、わたしの家族 兄の家族、父の妹にあたる叔母さん夫婦が面会にいきました。
気丈に振る舞う父。

入院に至るまでの経緯を話してくれた。
今年の初め辺りから 喉に違和感を感じていた。
春に健康診断で胃カメラを飲んだけど 異常はなかった。
8月 喉のつまりが増したので 耳鼻咽喉科に受診。
カメラを飲むが異常はなく医者に「気のせいだ」と言われる。
違和感治まらず、すぐに再診。
どこか大きな病院を紹介してくれ!とすごむ。
11月受診。
CT・MRI・PET・細胞診
12月受診。
画像より喉に腫瘍、肺にも影があること発見。

12月17日のお昼に実家に行き お昼を共にする。
母が作ってくれたうどん。
父の分は 一人用の土鍋でじっくりと煮込み短くカットされとろみをつけていた。
物凄く愛情を感じた。
ゆっくり食べてはいるけどやはりむせ混みは激しかった。
それでも夕飯も調子よくいくらかは食べれたとのこと。しかしそれが最後の食事となった。

12月18日。緊急入院となり、絶飲食となる。
大きな点滴袋をぶら下げて歩く父の姿は初めてみる。


今後
どの様な方針になるのかまだわからない。
とにかく、12月にはいってからの進行速度が半端ない。

無事に生還を祈るばかりです。