学生時代から愛読してきたレイルウェイライター・種村直樹氏の著書の中に「そばづくし汽車の旅」という作品があります。


広島県にあるJR可部線の加計駅(現在は廃止)から北海道の函館本線の森駅まで、道中は原則、そばしか食べないという、変わった乗り継ぎの旅の様子を綴ったものでした。

 
本文の中の件で、種村氏他数人の一行が、広島県にあるJR芸備線と木次線との接続地点「備後落合駅」に下車した際、種村氏が「ホームにあったうどん店と駅前旅館が廃業していた」と述べる箇所があります。さらに氏は「以前は、真夏でもホームで大汗かいて、おでんうどんを掻き込んでいたものだ」と思い出を語られており、わたしは心が吸い寄せられました。

 
実は大昔の高校生の時、私は備後落合駅に下車したことがあるのですが(写真は当時撮影したもの)ホームで営業していたと思われるうどん店には記憶がないのです。


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当時は学生の身で旅費に乏しく、おでんうどんに気付いても食べられなかった筈なので仕方ないのですが、数年前に朝日新聞で備後落合駅を綴った記事を読んで、種村氏の著書のことを思い出したのです。

 
今でもデジタルで読める朝日新聞「目閉じれば往時の影絵 JR備後落合駅」を見ると、備後落合駅はいつか行かなければいけないと決めていました。そして今回実現する運びとなったのでした。



 
岡山県北部の新見駅から芸備線・備後落合行に乗車。多くの鉄道ファンを乗せた列車は、一時間半近くかかって備後落合駅に到着。この時間帯は備後落合から先へ行く三次行と、ループ線とスイッチバックで有名な木次線の両方に接続するため、今乗って来た備後落合行も含めて、3両の気動車が勢ぞろいします。忙し気に撮影するファン達を見ていると、私少し気分が高まってきて一緒に撮影。


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やがて、ファン達はそれぞれの列車に乗り込んでいきました。どうやら駅に留まるのは私だけのようです。一人ぼっちになるのが寂しいのか嬉しいのか不思議な気分を味わっていると、それぞれの列車は発車していきました。

 
ウィキペディアによると、備後落合駅の開業は1935(昭和10)12月となっており、今年で開業81週年。ホームの待合室の建物資産標は昭和1011月と表記されており、開業当時の待合室が未だに現役という事実に、これだけでも見に来た甲斐があったと感慨深くなりました。


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感慨深くなったところで、酒を頂くことにします。開けたのは、道中の岡山駅で買った倉敷・十八盛酒造の「ええなぁ」
 

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この酒を買ったのはたまたまだったのですが、今の私の心境にぴったりですね。前回、備後落合駅を訪れた時は、列車に乗る事自体が目的のような旅でしたので、こんなにじっくり駅を観察することはなかったと思います。年を積み重ねて、歴史に興味を持つようになると、同じ鉄道趣味でも視点が変わることに隔世の感があります。


 
酒を飲み干したら、次はいよいよ「おでんうどん」です。備後落合駅から徒歩十数分のところにある「ドライブインおちあい」で食べられるとのことですが、この時点においても私は半信半疑でした。


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駅前の旅館跡と思われる建物に「ドライブインおちあい」の看板が残されており、これを見ると廃業しているのかと勘違いしてしまいそうです。とにかく行ってみようと歩きだしました。そして到着。

 
店に入ると、中は思っていたよりも遥かに広々としていたのですが、昭和の香りが漂う、ちょっと古い雰囲気。その一角で地元の方のグループがビールを開けて会話していました。いらっしゃいませとも言われなかったので、少しうろたえていると、そのグループの一人が「お客さん来たよ!」

 
こういう時は、ちょっと寡黙な雰囲気の男性店主が出てきて、「また、旅行客がひやかしで、おでんうどんを食べに来よった」みたいな応対をされるのかと勝手に思い込んでいたのですが、出てこられたのは、それとは真逆のとても気さくな女性でした。


高齢の方なのですが、とても元気そうで、これならと堂々と「おでんうどん」を注文。そしてグループ客に影響されたのか、熱燗も追加してしまいました。店内に放映されているクライマックスシリーズ「ソフトバンク対ロッテ」を眺めつつ、無造作に重ねられている週刊誌(こういうのが昭和っぽい)をパラパラめくり、酒をちびちびやっていると、おでんうどんが運ばれてきました。


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丁寧にからしを置いてくれるのに感心しながら、だしをすすると、私はもう笑っていました。「いや、むっちゃ美味いわ」


おでんうどんは所詮、話題作り的なものでしかないくらいの認識だったのですが、これは立派な郷土料理だと感じた瞬間でした。また冷静に考えると、酒の肴(おでん)とシメ(うどん)が一度に味わえるなんて、酒飲みにぴったりじゃないかと気付き、心の中で「たまらんな」と何度もつぶやきながら食べつくました。ずっと気になっていた料理を食べた達成感と、店の居心地の良さに、また来ようと思い店を出ました。


 
駅へ戻りましたが、次の三次行の発車まで一時間ほどあり(列車は既に入線中)、人もいないので、行儀悪いのですが、待合室で昼寝をして発車時刻を待ったのでした。


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備後落合駅に来ようと思ったのは「おでんうどん」が目的だったのですが、かつて陰陽連絡線と呼ばれた中国地方のJRローカル線を見つめなおしたいという気分も最近芽生え始めています。これらの路線に乗っていると、古い駅舎が残る駅をよくみかけ、まだまだ見どころがあるなと感じています。


駅弁と酒を持って、またどこかの駅で一杯やりたいなと思い、備後落合駅を後にしたのでした。