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今、新潮社の季刊雑誌、「考える人」の最新号を読んでいます。村上春樹のロングインタビューが載っているから、初めて買った雑誌です。なんか深い思考をすることに誘導してくれる良い雑誌です。これからも、買い続けようかなって思っています。世の中は、深い思索で満ち溢れているって思わせてくれます。日常の中にどっぷりと浸かっていると、思考が画一化されがちなところがあるから、もっともっと「考える人」にならないと、って常々思っていたところに出会えた雑誌です。
で、今 村上春樹のロングインタビューを読んでいるのだけど、社会現象になるほどベストセラーになった「1Q84」の内容に対する興味深い言及が多数あります。そんな中で「1Q84」は「4月の晴れた日に100%の女の子に出会うことについて」っていう短編小説を長編にしてみたいという気持ちが、作者にはずっとあって、それを「1Q84」の物語の骨格にしてみた、というような内容があります。この短編小説「100%の女の子・・」は、世界各国の人々をとても強く共感させているらしく、様々な国の映画科の学生から作成依頼があるそうです。僕もこの小説が大好きです。
この「100%の女の子・・」に共感しているこの気持ちと昨夜参加した同窓会でのことが重なっています。高校時代の同窓会で、先生も含め50名くらいの人たちが集まって、約20年ぶりに会う人がほとんどであるにも関わらず、話に花が咲き、とても楽しい時間でした。高校時代に話したこともない女の子(40歳になっていても、僕の中では今でも女の子です)と話したりしたのですが、多感な当時に邪魔をしていた壁は20年の時間が風化させてしまったようで、楽しく交流できた感じがしています。
前にこのブログでも書いたけれど、僕は村上春樹の熱心な読者で、彼の作品は全て読んでいます。もちろん「1Q84」も読みました。今年なって発売されたbook3を読破したとき、このブログに感想のようなものを書こうとしたけれど、うまく纏めることができず、そのままになっていました。でも「考える人」と昨日の同窓会のお陰で、自分の考えを纏めることができそうです。僕の中では、最後の結末が綺麗なハッピーエンドだったのが、どうもしっくりこなかったのですが、やはり、青豆と天吾は、最後に幸せにならないといけなかったんだなぁと思います。っていうか、物語としてそういう流れだったのです。二人はとても長い時間をかけて(特に青豆)、自分自身の世界を切り開くというきつい作業をしてきたのだから、幸せにならないといけないのです。狭い世界に留まらせようとする親や人たちから逃れ、外の世界を切り開くということを選びとってきたのだから。
また、「1Q84」という物語は人と人のふれあいを描いてもいます。人と人とが手を握り合うシーンが多くあります。そんな交流の大切さ、そのぬくもり感がこの物語の重要な要素になっています。「1Q84」はカルト宗教の問題提起のようなことがよく取りざたされるが、そんなふれあい的ぬくもり感や、日常を切り開くことに努力をする登場人物たちが、人々の共感を呼び、読まれ続けているのではないでしょうか?
僕も卸売の営業という、同じところに留まっていたら陳腐化していまう職種についています。だから、商売環境を切り開く苦労も知っているし、その半面、同じことを繰り返す商売の心地よさも知っています。でも、苦労はあっても切り開く精神が大切ですし、その行動がより幅広く深い結果をもたらします。何度も言ってるけれど、僕が日々走っている一番大きい理由もそこにあります。また、商売って、やはり人と人との繋がりが大事です。「気は心」っていいますし、ビジネスでありながら、気持ちを持って人々は商売をしています。特に関西はその傾向が強いように思います。
昨夜の同窓会は、日常ではなく、久しぶりに会うという非日常性が良いのであって、僕らはそれぞれの生活の中で生きているのだから、その世界を切り開いて行って、また久しぶりに会ったときにその時の変化というか成長を感じ取るのが同窓会なんだ、と僕は考えました。と同時に、限られた時間であるからこそ、人と人との気持ちのふれあいの密度が濃くなって、思い出として強く焼き付くのだと思う。
(ちょっと理屈っぽい内容でごめんなさい。。 まぁ、同窓会なんだから、久しぶりに会って、単純に楽しければ良いと思いもしますが。。。)