大泣きしてくれた聖子ちゃん・・・
19年前(歌碑が建った日)から、うちに飾られています(〃∇〃)
弟が亡くなったのは、平成元年、今からもう22年前・・・19歳でした・・・
福島の競走馬の牧場で働いてきた私が、仕事をやめて家に帰るため、引越し荷物を取りに来てくれる途中の事故でした・・・・
私の荷物が多いため、両親の車と弟の車、2台で福島へ向かっていました・・・・
弟の車の燃料が無いからと、ガソリンスタンドに寄り、それまで、両親が前を走っていたのを交換し、弟が先頭になり、走り始めた矢先でした・・・・
弟は、制限速度を守り、きちんとシートベルトを締め、何一つ非が無い状態でした・・・・
相手の車がセンターラインを超えて来た、正面衝突・・・・
あまりの衝撃の強さに、弟の車は相手の車に引き回され、後ろから追走していた両親の車に衝突・・・・
両親の車も、大破・・・
その後の警察の検証では・・・「どちらの衝突のときに亡くなったかは、判断が付かない」・・・
車を引き回して、逆走させるほどの衝撃と、その車を止めた衝撃・・・・
どちらで死んだか分からないなんて・・・・そんなこと・・・・
相手は看護師の女の子・・・・
その子も怪我をしたから、その子との衝突での死亡か確定できないってことから、法的には裁きも無く・・・職を失うことも無く・・・・何も変わらない生活を送っています・・・(その後、結婚し、子供も授かったと聞いています)
人を助ける手助けをする看護師が、人を殺した・・・
憎みました、恨みました・・・
でも、両親は、仏壇に手を合わせることを許し、お墓に参ることを許し・・・・どんな思いだったのでしょう・・・
「私が仕事をやめなければ」
「引越し屋さんを頼んでいたら」
「燃料を前もって入れていたら」
「両親の車と換わらなければ」
その中の一つだけでもしていなかったら、弟は死ななくて良かったかもしれない・・・・・
この世に起こるすべてのことは意味があるのだと思うけど・・・・
弟の死だけは・・・どんな意味なのか・・・・
私が家に戻った後・・・今度は弟に好きなことさせてあげたかった・・・
牧場で働いたりしたかったよね・・・?きっと!
でも、弟の心の中は、分かりません・・・
22年経った今も、それは家族みんなの心の隅っこにいつもあること・・・
弟は・・・
空の上で、私たちに何か言いたいことがあるんじゃないだろうか?
私たちは今のように生活していていいんだろうか?
昔・・・スピリチュアル・カウンセラーの江原さんが・・・・言っていました・・・
この世で、精一杯生きた人ほど、神様に早く空に戻っていいというお許しが出るんだと・・・
だから、残された人は、それほど悲しまなくていいんだと・・・・
そう信じて・・・いいのかな?
そして・・・この写真を見るたび・・・・
こんな風に泣いてくれる人がいた弟は幸せだったよね・・・と、思うようにしています・・・・
葬儀には本当に遠路からたくさんの方々が弟を送りに来て下さいました・・・・
その方たちの心の中にも・・・弟は生きていると・・・・信じています・・・
