大学を昭和53年に卒業した同級生で「53会」という同期会を開いている。

私と一緒に幹事を務めている角田さんは群馬の出身だが、一昨日の53会に面白いお土産を持ってきてくれた。


ボルネオ7番のブログ-上毛カルタ


「上毛かるた」

上毛とは群馬県の古い呼び方で、角田さんの話では、戦後間もない時期に、群馬県の出身者や歴史を取り上げて作られた郷土かるたとのこと。嬉しいのは、同志社の校祖、新島 襄先生が取り上げられていることだ。


ボルネオ7番のブログ-平和の使い


「平和の使徒 新島 襄」


新島先生は安中藩の藩士の子として生まれ、21歳のとき、国禁を犯してアメリカに渡った。アメリカで10年学び、多くの善意ある人々に助けられた新島先生は日本にキリスト教主義の大学設立を決意し、あえて東京から遠く、仏教が強く根付く京都に同志社を創立された。今年は創立135周年に当たる。


一説によると、新島先生は甘いものが大好きだったらしい。

とてもとても新島先生のように毅然として生きることなど真似できないが、この甘党だけは十二分に真似できるなぁ(笑)

大学の後輩が31才の誕生日を迎え、仲間でお祝いのランチをした。集まったのは5人、私以外の4人は息子、娘でもおかしくない年齢だ。みんな、どういう人生を過ごすんやろう・・・・。


「運命は我々の人生の半分を支配し、あとの半分を我々自身にゆだねている」(マキャべり「君主論」)らしいので、みんな、何とかなるぞ、頑張れ!(笑)


ボルネオ7番のブログ-誕生日ランチ

故・松尾先輩の追悼礼拝は、永年に亘って指導頂いた同志社高校ラグビー部のOB会が企画し、実行したものだが、そこにひょっこり林 敏之君が現れた。義理堅い奴だと思う。


彼は私と入れ替えで、私が卒業したS53年、同志社大学に入学した。岡先生や京都の同級生から、「スゴイのが入ってきたぞ」と聞かされ、その年の夏合宿を車山高原まで覗きに行ったのを思い出す。当時の同志社FWはNZから来日されたホックリーさんからドライビングモールを教わり、何度も何度も反復練習をしていた。


追悼礼拝の後のご苦労さん会で席が隣になり、いろいろ面白い話を聞かせてもらった。追い追い、どんな話だったかご披露したい。


ボルネオ7番のブログ-ダイマルとガッツ
(ガッツ、ダイマルと)