極私的カオス。

極私的カオス。

ごくごく私的な言葉の羅列。

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今後のことを聞いた。
どうやらだいぶ環境は変わるらしい。

環境が変わって、何が変わるのか。
何を変えられるのか。
まだまだわからないけれど、少しは期待しているのは確か。

辞める気満々だったけど、この前の松尾さんの言葉もあり
もう一踏ん張りしてみるか、という方に傾きつつある。

迷わず行けよ、とはならないけれど
迷って迷って、行ってみればいいじゃない。
そう言い聞かせる。
・頭痛い。タバコやめたほうがよい。
・センスが合わない人との仕事はしんどい。
・物事をシンプルにすればするほど面白みはなくなるのに
 シンプルにわかりやすくしようとするのは耐えられない。
・映像って曖昧だからいいんじゃないの?

はて、どうしたものか。
先週金曜。
憧れの人と、会ってきた。

いろいろなことを、考えて、覚悟を決めて、コンタクトをとった。
結果としては、自分が望んだ形にはならなかったけれど
そうなるべくしてなったのだと思うし、それで良かったのだと思う。

その後、メールで少しやりとりをした。
「まず、現状でベストを尽くし、その上でなら、いいと思います」
すごく、当たり前の話だと思う。
当たり前の話だけど、そんな当たり前の話をしないといけないような
そんな状態だったんだと自分は思うし
その人が言うその言葉はとても重たい。

もらった言葉を噛みしめながら、ふと思い出した。

5年前に自分をボコボコにしてくれた、尊敬すべき先輩のこと。
「あれぐらい潰してやって、それでも立ち上がってくるぐらいじゃなきゃ、
 ほかの場所に行ってもやってけねぇよって、そう思ったんですよ!」と
お客さんに言っていたのを思い出した。

あの拳は、半端な自分への落とし前でもあり
そしてその気持ちのお陰で、自分は頑張ってこれた。
あの拳とこの言葉は、どちらも重い。
5年経ったのに、
別の人からまた、同じものを投げかけられている自分を嘆きつつ
投げかけてくれる人がいることを幸せに思い
そしてきちんと、自分と向き合わなければいけないと、思う。

尊敬する人、が、2人から3人になりました。

意中の人に、メールを出した。
書き始めてから1週間。
こんなに推敲してメールを書いたこと、今までにない気がする。

送信ボタンを押すまで、何度も何度も、
覚悟は決めた、そういうつもりだったけど
ホントのホントに、なかなか覚悟は決まらなかった。

でも、たぶんこっちに進むしかない。

大学に入ったときもそうだった。
This is キャンパスライフ、的な大学生活へも憧れはあったけれど
結局そういうのって選べない。
埋もれてくのが怖いんだ。たぶん。

自分に誇れるものがあるのか。
ないから、一つのことにずっとずっとこだわることが
できないんだと思う。
でもそれだったら、幅を広げていって広げていって、っていう
そこにこだわるしかないんだろう。

結局さ。
一度思ったら頑固なんだよ。
で、やっぱり面白い方を選ぶしかないんだよ。
面白くなりたいんだから。
面白くいたいんだから。

どうか。
あなたのところで、働かせてください。
衝動を
冷まして冷まして、落ち着かせて
それでも残ったものを
信念、と呼ぶのだと思う
劇場版テレクラキャノンボール2013→バクステ→愛の渦、という振れ幅。
そして帰ってきてから、DOCUMENT 愛咲れいら。

すごく正直な感想として、バクステに物足りなさを感じてしまったのは事実。
それはもちろん、服を着ているからとか、そんな単純な話ではなくて。

なんだろう、キレイすぎるのかな。

人間て、果てしなくえげつない。



以下、完全に自分の考えを整理し記録するためのものなので
もしたまたま見た方が「何が言いたいのか全然わかんねーよ」と思っても
なんていうか…気にしないでください。



DVD版を見て号泣した自分が、劇場版を見ながら抱いた違和感。

最大は、観客の反応への違和感。
生唾を飲み込みながら、じっくりと見たいところで起きる、笑い。
DVD版を見ていることで、基本的に“何が起きるのか”は知っている。
だからそこでの驚きがないのは当たり前なのだけれど。

たとえば、第一印象として“強烈”な相手が出てくることで、“驚く”というのはわかる。
けどそれが“おかしい”“笑える”というのは、ちょっと今ひとつわからない。

なんていうかな。

生身の人間だから、“これはキツイ”“これは無理”っていう相手がいるのは当然。
もちろんその基準は人によって違うのだけれど。
そうした状況に遭遇したときの、監督達の心情、場合によっては当惑や
それとともに、いわば“どうでもいい戦い”に勝ちたいという気持ちとの葛藤、
もろもろ想像をかき立てられる、抱えた思いが存在する。

一方で、出演を承諾した当人たちにも、お金のためということだけではなく
それを承諾したそれなりの意図や理由がある。
承諾のハードルの高さもまた人それぞれだけれど、その高さの違いにも面白みはあるし
決断した理由にもまた、面白みがある。
そこをじっくりと見ていきたいときに、刹那的な笑いの要素として処理されてしまうのは
あまりにもったいないと感じるとともに、
集団の狂気のようなものもまた、感じてしまう。
狂気はまた、凶器。
いわゆる炎上とも通ずる、現代的病理の道筋。

それが監督の意図したものなのかどうか?というところはあるのだけれど
と考えていて、思い出したのがボーイズ・オン・ザ・ランのPV。
あそこに出てくる人たちって、感覚的に言って、変。
変だし、確かに笑えるんだけど、同時に愛せるんだよな。
笑いの質は少しだけど確実に違う。

そう、微笑めるけど嘲笑えない。

人が簡単に飛び越えられないところを飛び越えていった人たちは、やっぱりすごくて
それぞれがそれぞれに魅力的なんだよ。

なぜ微笑めるかといえば、それは撮影者から取材対象者への愛を感じるから。
恋はもちろんないよ。だけど愛はある。

書きながら少しずつ解きほぐされている。


作中で、“これはヤバイ”とか、“よくやるなぁ…”といった趣旨の言葉は飛び交っている。
けどそれはやっぱり観客の爆笑とは違う。
言葉を発する主体がそこに存在することで、一つの責任を引き受けている。
観客は無責任だ。無責任でいいかもしれないけれど、ちょっと不快なのも事実だった。

わかりやすくまとめ上げたことで、ドキュメント的なものがスタジオバラエティ的になってしまったのか
あるいは観客がドキュメントよりもスタジオバラエティに慣れてしまっているのか。




あーそれと、松尾さんは2時間版の方が好きだと言っていた
(正確には“方が”とは言っていないかも)のは、プロとしては正しい在り方なんだろうと思う。
というか、そのように作ることは必要なことなんだと思う。
10時間版の方が好きだな…と思ってしまうのは自分が青いからなのかとも思うけど
考えてみると、1人で見たらまた印象違うのかもしれないな。

そう思うと、“劇場版”もDVD化(または配信でもいいから)してくれないかな。



それから、愛の渦。
前半部分の、プロレスで言うところのヒート具合と、ファイアーしてからの緩急がステキだった。
うーんだけどどうなんだろう。
場の空気があそこまで行ったり来たりするもんなんだろうか。
あれって生々しいのかな。ちょっとわからん。
翌朝の明け方、着替え終えた後のところとか、あそこまでまたぎこちなくなるもんだろうか。
現実に引き戻される形で反動があるのはわかるけれど、ちょっとデフォルメされてる気がした。

とりあえずここまで。書きたくなったらまた続き。

3時ごろ会社を出る
→どうしようかなーと若干悩む。
→結果ジムへ行き、胸だけやって帰宅して
 プロテインと肉投入して今ここ。

以下備忘録。
・家宝ができた。どう飾っておくか悩み中。
 見えるようにしておきたいけど汚したくはない。
・自分のコメントがガチすぎて引く。
 けど、力になりたい、もっと大きくなってほしい、
 そのポテンシャルを信じる気持ちはガチなので
 しょうがないと開き直る。
・やる気でないと思ってはいても、切羽詰まればエンジンかかる。
 なんだかんだ言っても考えることは好きなんだろう。
・とはいえ優先順位の問題はある。
 今の自分にとって大事なもの、何か。


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彼女にはポテンシャルがある、というのは心から本当にそう思う。
ポテンシャルがあるっていうのは、字の如く“ある”ことだけではなくて
“ポテンシャルを活かせる、引き出せるポテンシャルがあると感じる”
ということも含む。

今の彼女は素晴らしい。
素晴らしいけれど、明日の彼女はきっともっと素晴らしい。
それを真剣に思うから、力になりたいと思う。
帰宅。
そんなんじゃよろしくないのは百も承知ですが
今ひとつ仕事のモチベーションが上がらず。
なんというか気持ちの糸が切れている感は否めず。
とはいえやらなきゃというのはあるのでやるのですが。
ぐー。
腹痛。

次のフィールドをどこに定めるかというのが目下の課題。
映像を手放す気は無いのですが
映像を仕事にしなくてもいいとは思っており。
遠回り遠回りをしていくことが一番の近道というのもあるし。
いや、近道する気は特段ないのですけれど。
なんだろね。

インプットばかりじゃだめなのは当たり前なのだけれど
企画を書こうという気にもあまりなれない以上
別の形でのアウトプットを考えたり
何にせよ、今のままの生活を送っていたら
消費されるだけ消費されて駄目になる。
駄目になっちゃ駄目。
駄目。駄目。駄目。

日々に刺激を、日々に彩りを。
TwitterもFacebookもあるのですが、ごくごく久しぶりにBlogも書いてみることにした。
とは言っても特に誰かに知らせもしないし、誰かに見せるためでもなく。
自分の備忘録として。

プロフィール的なことを色々と書いていくとすぐに特定できてしまうので、
炎上しそうなことは特に書けないのですが、
SNS上だと特定されるどころか開けっぴろげなので
気休め程度の匿名性のもとに書こうかと思い。

今は映像を生業にしているので、もちろんそこにこだわりはあるのだけれど
書く
ということはやはり好きだし、ある種のこだわりはあるんだよな、と
改めて思い返したというのもあり。


人に見せるためではなく自分の備忘録、という意味で
極私的な言葉を書き連ねることになるな、
と考えたときに、「極私的エロス」というタイトルを思い出したわけで
とはいってもエロスではないから極私的…なんだろうな、と思ったときに
浮かんだのは、カオス、だなと。

脳内常に混沌としているわたくしなので。

と、すでにとりとめもない言葉の羅列になっているのですが
こんな感じで書いていこうと思います。