2024年3月8日
講談 伝承の会・千穐楽@深川江戸資料館小劇場


初日は空席が目立ったが、千穐楽は神田伯山出演とあって札止めに。伯山出演後ガラガラになるかと危惧していたが、意外なほど最後まで席が埋っていた。

【幹部講釈師の指導による口演】
一、源平盛衰記〜扇の的 神田桜子(指導:宝井琴星)
今回初めて三人の同期が千穐楽で並んだ。今までは私の後が鱗林さんだったが、今年貞奈さんが初登場してようやく三人揃った。「扇の的」は初日に伊織さんが演っていますが、習った先生が違うので(伊織さんは神田松鯉先生の指導)、そのあたりの違いを聴いていただければ。というマクラから本編へ。
伊織版が屋島に至るまでの源平合戦のあらましや平家勢が扇の的を出してきた訳やその裏の計略まで丁寧に読み上げる(このあたり松鯉先生らしい)のに対し、桜子版は扇の的は平家勢が扇の的を掲げたところから那須与一が的を射抜くまでに絞って語られる。伊織版が独演会や伊織さんのライフワークの辻講釈(伊織さんは辻講釈のためにヘブンアーチストの資格をとっています)向きなのに対し、桜子版は寄席向きといえる。このあたり寄席出演が多い桜子さんを見越した指導といえるだろう。
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一、赤穂義士本伝〜南部坂雪の別れ 一龍斎貞奈(指導:神田紅)
今回貞奈さんの「南部坂」を聴いて、このエピソードの真の主役は大石でも揺泉院でもなく、実は戸田局なのだということがよく解った。実際、連判状を読み上げるとき、兄小野寺十内と義理の甥幸右衛門の名をみとめてちょっと詰まるところでグッときた。
貞奈さんは揺泉院と年齢が近いせいか他の先生や男性講釈師にはないリアリティがあってよかった。連判状の読み上げも鮮やかでよかった。今度演る時はアンチョコ(死語)なしで読めるようにしようね(連判状は本来は巻物(映画などでは間者紅梅が盗んだ連判状を戸田局が取り上げた時に巻物の封が取れて流れて巻物が連判状とわかる)だが今回の貞奈版は冊子になっていて、手拭いを冊子に見立てて読み上げた。後で貞奈さんにツッコんだら「やっぱりバレちゃった」と苦笑していた)。でも上々吉。
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一、小松姫 旭堂鱗林(指導:桃川鶴女)
「真田太平記」の関ヶ原で東軍に付くか西軍に付くかの論議(結局兄信幸は東軍、昌幸・弟信繁親子は西軍に投じる)から関ヶ原後の西軍に付いた昌幸・信繁(幸村)親子の助命(高野山、後に九度山への蟄居)の裏には信幸夫人で本多忠勝の娘小松姫の活躍があった…という真田太平記をもとに鶴女先生が創作した小松姫の生涯を描く一席を、太閤さんとともに真田幸村の人気が高い上方の鱗林さんが鮮やかに読み上げました。

一、出世浄瑠璃 神田伯山(指導:一龍斎貞心)
実は伯山先生の生の高座を聴くのは初めて。場内に掲示された過去の演目を見ると、今伯山先生が寄席や落語会の助演でよくかけている演目の多くが伝承の会で習った読み物だと解った。今回の「出世浄瑠璃」もいずれその仲間入りすることだろう。以前いちかさんで何度か聴いている「出世浄瑠璃」だが、習いたてネタおろしであるのにもうすでに「伯山の出世浄瑠璃」になっているのはさすがと言わざるを得ない。
碓氷峠の紅葉の美しさの情景描写や尾上が苦し紛れにでっち上げる猪退治の講釈などいちか版とは格段の迫力であった。
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お仲入り

一、春日局 旭堂南照(指導:神田紅)
紅先生が創作した徳川の女シリーズを続けて教わっているが、今回の「春日局」は大阪ことばにどうしてもできないので苦労したとのこと。そのせいか上方講釈の味わいにやや欠けて話が平板になってしまったのは残念。再演では大阪ことばでのリテイクを望む。

一、中江藤樹とその母 一龍斎貞弥(指導:宝井琴桜)
貞弥先生の面目躍如。あっしは本来こういう母子物は苦手だが、貞弥先生は母の情愛と子の孝心を丁寧に、また情感たっぷりに読み上げ、先の貞奈さんに続きグッときた。2月の文鹿・貞弥ふたり会の「は組小町」同様あちこちですすり泣き(特に女性客、あっしは母を早くに亡くしているので)。上々吉。
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一、近鉄講談(江夏にやられた21球)
一龍斎貞橘(指導:宝井一凛)
79年の日本シリーズの「江夏の21球」を講釈にしたものだが、近鉄のメンバー紹介を修羅場仕立てにしたりと場内からはちょっと失笑がもれた。正直講釈としては明らかに「飛び道具」で、あまりいい趣味とは言えない。少なくとも伝承の会で披露するようなものではない。この手のスポーツ話はすでに山田雅人さんが「スポーツ語り」として確立しており、近鉄絡みでも「10.9川崎球場」や「江夏の21球」などの名作があり、あっしはラジオ等で何度も聴いている。「北川の代打満塁逆転サヨナラ優勝決定ホームラン」は桂塩鯛師の「バファローズ落語」にあるし、正直そっちの方が面白い。今回何を思うてこれを教わったのか理解に苦しむ。一凛先生からならもっとふさわしい読み物がいくらもあるだろうに。

お仲入り

一、伊藤孫兵衛 神田真紅(指導:宝井琴星)
「今日のこの高座が神田真紅最後の高座です」。来週からいよいよ三代目松林伯知として新たなスタートを切る(日本講談協会では来週から昇進、襲名。落語芸術協会では五月から)真紅さん。地元の水戸では高校まで弓道少女だったということで、水戸の武道を題材にした「伊藤孫兵衛」をじっくりと読み上げた。五月からの寄席での披露興行でもトリで読まれることだろう。
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一、本能寺 田辺銀冶(指導:宝井琴梅)
本能寺の変をほぼ「信長記」の記述に沿って構成した読み物。本編の前に本能寺の沿革や現在とは違う場所にあった「元本能寺」についての解説がつく。印象に残る「是非も無し」はなく、また明智勢と戦う前に寺に火をかけるなど映画やテレビドラマの本能寺の変とはかなり違いがある。明智光秀の描写が全くないのもこの講釈が「信長記」がベースになっている要因か。

一、水戸黄門漫遊記〜荒浜の藤蔵 神田春陽(指導:旭堂南鱗)
水戸黄門漫遊記はなぜか上方で人気が高く「雁風呂」「二本松小町」など上方講釈から東京に写された物も多い。春陽先生は伝承の会では浪花侠客伝など上方講釈を数多く教わっており、いずれも大阪ことばでの口演になっている。今回も仙台の話ながらご老公主従以外の登場人物は大阪ことばを操る。春陽先生の大阪ことばはなかなかに流暢でよどみなく、取って付けたような違和感もなく、面白く聴かせる。
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お仲入り

【幹部講釈師による特別(補導)口演】


一、紅恋源氏物語 神田紅
今年の大河ドラマが紫式部を描く「光る君へ…」なので、「講談三人娘」時代に創作した源氏物語講談を久しぶりに。ということで、源氏物語の発端の四帖を現代語や上方ことばを駆使して「おもしろくてためになる」一席。

一、豊竹呂昇 宝井琴桜
五月の夏場所で琴ノ若が祖父の「琴櫻」を襲名するということで琴桜先生のつかみ「宝井きんおうでございます。ことざくらではございません」が嬉しい復活。
今日は国際女性デーということで、想い人との間を割かれた浄瑠璃の太夫仲路が、意地で大阪で修行を重ね、女流義太夫中興の祖とよばれるまでに出世。そこに若き日の命の恩人であるスリの親方が現れて…という明治の女の出世物語。
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一、名工列伝〜浜野矩随 宝井琴調
五代目圓楽、三代目志ん朝など噺家による「浜野」は何度も聴いているが、本家の講釈を聴くのは初めて。普通講釈から落語に移された話では「錦木検校→三味線栗毛」のように後味をよくするためにハッピーエンドにすることが多いが、「浜野」は落語の方が母親が自害する(水盃でプラグを立てる)形が主流なのが面白い。今回の琴調先生も「水盃」をやらなかったので、「これは?」と思ったらすんでの処で間に合う「母親が死なない」形でありました。伝承の会の大詰としてはこれでいいのでしょう。
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【伝承の会特選6席】
なにしろあっしが聴いただけでも26席もあるので、今回の2日間だけで特選を挙げておきます。なお、特別口演は全て特選級なので対象外です(年間MVP候補には入ります)。

維納の辻音楽師/田辺いちか(初日)
明智左馬之助光俊 湖水乗っ切り/神田紅純(初日)
熊沢蕃山 廓のご意見/玉田玉秀斎(初日)
赤穂義士本伝〜南部坂雪の別れ/一龍斎貞奈(千穐楽)
出世浄瑠璃/神田伯山(千穐楽)
中江藤樹とその母/一龍斎貞弥(千穐楽)