【音盤回顧2023】
今年はレコード芸術誌の休刊というクラシック音盤界としては節目の年となりました。
そこで今年の音盤回顧は「世が世ならレコードアカデミー賞」ということで、レコードアカデミー賞のように部門別に選んでみました。

➀トピック〜ラフマニノフ生誕150年、没後80年
各部門に行く前に、今年生誕150年のラフマニノフの音盤をご紹介しておきます。

交響曲全集(DG)
ピアノ協奏曲全集(DG)
ダニール・トリフォノフ(ピアノ)
フィラデルフィア管弦楽団
ヤニック・ネゼ=セガン(指揮)
ストコフスキー、オーマンディと二代に渡ってアメリカ時代のラフマニノフとの交流が深く、ピアノ協奏曲第4番の初演、最後の作品となった「交響的舞曲」の委嘱元と、所縁も深いフィラデルフィア管弦楽団と当代随一の剛腕トリフォノフによる決定盤です。一時経営破綻が伝えられて心配されたオーケストラの復活も嬉しいですね。




➁交響曲部門
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト:交響曲第39〜41番(BR Classics)
バイエルン放送交響楽団
ヘルベルト・ブロムシュテット(指揮)
ブロムシュテット翁は今年もN響定期への出演が予定されていましたが、体調不良のためキャンセルとなり、容態が心配されていますが、音盤はなぜか今まであまりなかったモーツァルトの素晴らしいライヴ盤が出ました。


③管弦楽曲部門
オットリーノ・レスピーギ:ローマ3部作(Ondine)
イタリア国立RAI交響楽団
ロベルト・トレヴィーノ(指揮)
イタリアの、それもローマのオーケストラによる「ローマ3部作」はこれまでほとんどなく、アントニオ・パッパーノとサンタチェチーリア管のEMI盤くらいしかありませんでした。そこにRAI響が新鋭トレヴィーノと「ローマ3部作」を録音しました。トレヴィーノはバスク国立管のシェフとしてラヴェルの録音で音盤デビュー。こちらも色彩豊かな佳作です。


④協奏曲部門
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集(DG)
ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、アンドリス・ネルソンス(指揮)(第1番)
バイエルン放送交響楽団、マリス・ヤンソンス(指揮)(第2番)
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、ヴァレリー・ゲルギエフ(指揮)(第3番)
シュターツカペレ・ドレスデン、クリスティアン・ティーレマン(指揮)(第4番)
ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団、リッカルド・ムーティ(指揮)(第5番)
DGと契約以来、老いてなお進境著しいブッフビンダー。ベートーヴェンの協奏曲全集をドイツ・オーストリアの5つのオーケストラ、当代随一の5人指揮者とライヴ録音しました。世界を代表するオーケストラ、指揮者に一歩も引かぬ丁々発止の渡り合い…協奏曲の醍醐味がここにあります。


⑤器楽曲部門
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:ピアノソナタ全集(DG)
ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)
協奏曲全集に続き、ブッフビンダーはピアノソナタの全集も録音しました。自身3度目の全集です。今回はOp.2-1の第1番からOp.111の第32番まで番号順に収録され、ほぼ生涯に渡って書かれた「ピアノの新約聖書」を順に辿るベートーヴェンの人生のアンソロジーとも言える全集になっています。


ザ・ディアベッリ・プロジェクト(DG)
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:アントン・ディアベッリのワルツによる33の変奏曲(ディアベッリ変奏曲)Op.120
細川俊夫ほか10人合作:新しいディアベッリ変奏曲(2020)
フランツ・シューベルト、ヨハン・ネポムク・フンメルほか8人合作:アントン・ディアベッリのワルツによる変奏曲(1824)
ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)
ブッフビンダーからもうひとつ。大バッハの「ゴルトベルク変奏曲」と並ぶ変奏曲の大作「ディアベッリ変奏曲」に、同じ曲を主題としてベートーヴェンと同時代の8人の作曲家が合作した「もうひとつのディアベッリ変奏曲」と、現代の10人の作曲家が合作した「新しいディアベッリ変奏曲」が組み合わされたコンセプチュアルなアルバムです。


⑥声楽曲部門
譚盾(タン・ドゥン):仏陀受難曲(2019)(Decca)
声楽ソリスト6名
イニン・チェン(中国琵琶)
リューベック国際音楽院合唱団
リヨン国立管弦楽団
譚盾(タン・ドゥン)(指揮)
受難曲というと、聖書の福音書をテクストとするイエスの受難を描いた物が思い浮かびますが、敦煌莫高窟の壁画にインスパイアされた譚盾は、サンスクリットと中国語の経典をテクストにした初の「仏陀受難曲」を2019年に初演、そのメンバーで録音もしました。


⑦歌劇部門
モーリス・ラヴェル:歌劇「スペインの時計」、ボレロ(Harmonia Mundi France)
イザベル・ドリュエ(メゾソプラノ)、ジュリアン・ベール(テノール)ほか
ル・シエクル
フランシス・クサヴィエ・ロト(指揮)
年1作づつじっくりと制作を重ねているロトとル・シエクルのラヴェル作品ですが、今年は歌劇「スペインの時計」とついに「ボレロ」が登場です。初演当時の楽器での個性的な響きが魅力です。「スペインの時計」は「子供と魔法」に比べ不条理劇的で上演も録音も少ないので、この点もポイント高いですね。


⑧現代曲部門
ローラン・プティジラール:バレエ音楽「西遊記」(2019-20)(Naxos)
ハンガリー交響楽団
ローラン・プティジラール(指揮)
歌劇「エレファント・マン」やバレエ「星の王子さま」など、親しみやすいシアターピースを数多く世に出しているローラン・プティジラールの最新作は日本でも馴染み深い「西遊記」のバレエ。譚盾のように民族的なモチーフは使われていませんが、素晴らしいスペクタクル・バレエです。日本ではまだ上演されていないようですが、新国立劇場あたりでやってくれないかな…


⑨吹奏楽部門
武蔵野音楽大学ウィンドアンサンブルvol.25(ブレーン)
ヨハン・デ・メイ:交響曲第1番「指輪物語」
ジョン・バーンズ・チャンス:交響曲第2番
ジェームズ・バーンズ:交響曲第2番Op.44
武蔵野音楽大学ウィンドアンサンブル
武田晃(指揮・メイ)
飯森範親(指揮・チャンス、バーンズ)
1977年の「アルメニアン・ダンス」の全曲録音から始まった武蔵野音楽大学ウィンドアンサンブルのシリーズは、45年以上に渡り続いています。レーベルがソニーからブレーンに変わりましたが、通しで今回が25枚目になります。今回は吹奏楽のためのオリジナルの交響曲の大作3曲。わけてもチャンスの交響曲第2番は、夭折したチャンスの代表作でありながら、これまで録音が少なかった悲劇の傑作で、これを機に日本でも聴かれるようになるといいなと思います。


➉全集・アンソロジー部門
アントン・ブルックナー:交響曲全集(DG)
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
アンドリス・ネルソンス(指揮)
昨年のMVPだったリヒャルト・シュトラウスに続き、今年はブルックナーの交響曲録音が全集にまとめられました。ブロムシュテット翁によって再生・復活したゲヴァントハウスも俊英ネルソンスによってますます好調です。


オットリーノ・レスピーギ:管弦楽作品全集(BIS)
サンパウロ交響楽団(ローマ3部作)
リエージュ王立フィルハーモニー管弦楽団
ジョン・ネシリング(指揮)
BISの好企画、レスピーギのアンソロジーが7枚組ボックスになりました。ローマ3部作以外の作品は以前は知る人ぞ知る秘曲が多かったですが、88年の全日本吹奏楽コンクールで「シバの女王ベルキス」の淀彰氏による吹奏楽編曲版が演奏されて以来吹奏楽界で爆発的に流行したことから「教会のステンドグラス」なども吹奏楽編曲版が登場、次第に聴かれるようになりました。
BISのこのアンソロジーでは「ローマ3部作」「ベルキス」などの大管弦楽作品だけでなく「鳥」「ボッティチェリ」「リュートのための古風な舞曲とアリア」などの室内管弦楽作品、オーケストラ伴奏の歌曲「黄昏」やバッハ、ラフマニノフの編曲作品も含まれており、レスピーギの魅力満載です。


⑪復刻・高音質化部門
ベトリジハ・スメタナ:連作交響詩「わが祖国」(1978年EMI録音)(Warner―Tower record)
シュターツカペレ・ドレスデン
パーヴォ・ベルグルンド(指揮)
タワーレコードによる往年の名盤復刻は最近はSACDハイブリッドの高音質化が続々登場しています。ことにレーベルごと会社が消滅した旧Philips、旧EMIの名盤復刻は独壇場になっています。今年のSACDハイブリッド復刻の最高傑作は、素晴らしい演奏でありながら「わが祖国=チェコ・フィル」という偏見から知る人ぞ知る名盤になっていたベルグルンドとドレスデンの「わが祖国」です。チェコ・フィル以外の音盤ではダントツの録音だと思います。