湯本温泉 大寧寺 | 姫路をポタリング

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そんな私の独り言

湯本温泉にある大寧寺に立ち寄りました
前々から看板には気付いていたんですが
行く機会がありませんでした
 
この大寧寺
1551年に大内義隆氏が自刃した際に焼けています
他にも1640年の野火でも燃えています
現在は山門が老朽化して崩れたとのことで
基礎しか門は残っていません
 
ちなみに山門を再び建てるには
600億円必要だとの事で
寄付を募っていました

一口5万円

すんません><私には無理です・・・

梵鐘も有名?
 
なんて事のない小型の梵鐘だと思ったら
とにかく古いらしい
1396年に福岡で作られたみたいですね
工芸品としても貴重だとか・・・
おみそれしました
 
さて、このお寺
 
冒頭にも書きましたが
大内義隆氏が自刃する際に焼けています
絶大な権勢を誇った大内氏も31代も続くと終を迎えてしまうのでしょうか
重臣の反乱によって追い立てられ
1551年9月1日 この大寧寺まで逃げてきました
そこで義隆氏は境内に入る前に、乱れた髪を整えようと(流石にお殿様、洒落てますね)参道脇の岩にかぶとを掛け(この岩は「かぶと掛けの岩」として残ってます)、
 
そばの池(池といっても直径50cm位のもの)に顔を映そうとしたんですね。
ところが水面に自分の姿が映らず、運命を悟ったとされています。
(この池は「姿見の池」として残ってます)
 
自らの運命を悟り、義隆氏は本道に入り自刃しました。
山口の人々に愛された大内氏だからでしょう
この潔さを人々は語り継いだ様ですが
大寧寺にとっては堪ったもんじゃないな・・・などと考える私は・・・

かくして、山口の人々に愛された大内氏は終を迎えた?のです。
「大内の~お殿様~♪」と言う歌を今も山口の人は歌っていますね。

大寧寺横に長門豊川稲荷禅宮があります
 
ここは比較的新しいみたい?
 
看板読むと・・・・・え?
昭和36年に勧請されたの?
何やら曰くがありそうです
 
しかしこの一帯は散歩していて気持ちが良いです
ここから少し走れば(山越えしますが)西の横綱と言われる俵山温泉もあります。
冬は・・・厳しいのかな?

そうそう、ここに橋が架かっているんですが
 
岩だけで組まれています
おっ、これは珍しいなと思っていたら
盤石橋と言うらしいです
なんと! 1668年に架橋され、1764年に再建架されたことが判っているそうです。
大小の岩で組まれただけのこの橋は
ドイツのゲルバー橋(1868年)よりも古く、そのような技術が当時すでに日本にあった事が証明されるかなりのもんらしいです。
何だか妙に嬉しい・・・

蛇足ですが、湯本温泉は1427年に湧出したようです。
その歴史、586年ですか・・・
ふふ・・また入りに行こう♪