17日父が亡くなり、当たり前にいた人がいなくなった。年末から3ヶ月ほど入院していたが、3週間前から肺炎をこじらせ入院していた。だから、かなり前から覚悟はできていたが、やはりいざこの時がくると寂しい。自分は長男だから、知り合いの葬儀に出る度に長男たるものどう振る舞い、あいさつすべきか観察していた。妹からはいつも冷たいと言われてきたが、そこが、長男と長女と言えどもうえには一人いるという責任感の違いだと思う、葬儀での挨拶には父が口下手で不器用だから、褒めるのが下手だったが、数少ない褒められたエピソードを一つと、わたしの名前にこめられてるであろう。父のメッセージをこれから成し遂げることができるよう努めることと母も私たちも同じ隣保班に住むのでいままでと変わらぬお付き合いをと挨拶した。妹はかねてより本日はありがとうございました程度のあいさつでよいとかねてから言っていたのに、もう少し、父のエピソードを入れて欲しかったとけちをつけた。何にしても正解なんてないけど、わたしが話せばそれも正解のうちだと思う。今まで当たり前に叱ってくれてた人がいなくなるさみしさは今から実感すると思う。孝行したい時に親はなしか、あらためて、感じた。妹は経済的な面でのことばかりを孝行だと考えているが、私はいざという時の心の支えとなることと、日頃からの交流が孝行だと思う。今回も私が以前総務をしていたし、社会保険労務士の勉強をしてることでかなり母も心強かったと言ってくれた。十分な親孝行だと思う。昨日も家がすぐそばだから、一緒にご飯を食べたり、夜はご飯を娘に届けさせた。当たり前にいた父がいなくなり、長距離の足もなくなり、母も不便だができるだけのことはしてあげたい。田舎は交通の便が悪いから、
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