自分の国をもっとリスペクトして、そして・・・ | 日本人だからって大和魂を持ってる訳じゃ~ね~からな!

自分の国をもっとリスペクトして、そして・・・

北朝鮮が13日朝に実施した「人工衛星」と称する長距離弾道ミサイルの打ち上げは失敗に終わった。

「ミサイルなんて、せんでもええことをして、はらわたが煮えくり返るよ。国民はろくに食べられずに死んでいくというのに」。

大阪市生野区に住む在日2世の女性(74)は顔を真っ赤にして怒り、目に涙をためて唇をかんだ。

「あの国はどうなってしまうのか」。平壌近郊で暮らす弟には、10年以上会えていない。

 両親は戦時中、朝鮮半島南部から山口県に渡った。小学校ではいつも「チョーセン」といじめられた。

終戦後、朝鮮学校に移ったが1948年、全国的に朝鮮学校閉鎖令が出され、学ぶ場を失った。

 19歳で結婚してしばらくした頃、母は10歳下の弟を連れて帰国した。母は北朝鮮北西部の平安北道出身。

当時の北朝鮮は「天国」「いい生活ができる」と言われ、近所の人や友達はこぞって帰って行った。

 女性は80年ごろから計5回、北朝鮮を訪ねた。

アパートや百貨店が建ち並ぶ美しい街だったが、行くたびに市民の生活が貧しくなるのが分かった。

ぼろぼろの家ばかりで、やせた畑には野菜がなかった。

女性はいつも船に段ボール10箱分の食料や衣類を積んで届けた。

 83歳で亡くなった母が晩年、「何のためにここへ帰って来たのか」とつぶやくのを聞いた。

弟は何も語らないが、生活が苦しいのは一目で分かった。

「日本に連れて帰れたら……」と思うが、両国の関係悪化で万景峰号は入港禁止になり、12年前に会ったのが最後だ。

 大阪府内の朝鮮学校に通う孫のことも気にかかる。06年と09年のテポドン発射の時もいじめられた。

「私の頃と何も変わっていない。子どもに罪はないのに」。

日本と北朝鮮のはざまで、女性はどうすることもできずに心を痛めている。

ソース 毎日新聞
http://mainichi.jp/select/news/20120413k0000e040230000c.html

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なに好き勝手ほざいてんだか!あなた達も自分の国に帰ったらどうなの。

なぜ朝鮮人って言って嫌われるのかは、それだけの代償を払ったからでしょ。

因果応報。全てはそのおこないし事へ戻るだけ。

早い話、天に唾を吐くのと同じ事さぁ!

己に戻って来ただけの事じゃ~ないの。

どんなに時代が移り変わろうが消せない十字架を担ぎ続ける事になるんだよ!